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織田信忠ー奇妙丸道中記ー Lost Generation  作者: 鳥見 勝成
第十五話(清洲城編)
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89部:林伝介勝吉

清州城、四ノ丸の一角にある馬場。突然の事にも関わらず、早くも対決の情報が城内外に知れ渡り、多くの観衆が一目みようと四ノ丸に詰めかけていた。

「奇妙丸殿、この勝吉、手加減は致しませぬ!」

かつて、林家は信長に謀反をした事がある。弘治二年(1556)「稲生村の合戦」には秀貞の弟で、勝吉の叔父にあたる林美作守通具はやしみまさかのかみみちともが、信長に馬上の一騎打ちで討ち取られている。

林勝吉としては叔父・通具の無念を晴らしたい思いもあるだろう。

更に、勝吉が一緒に育った山内一豊も、織田信長に対して武将としての尊敬とともに、家を滅ぼされた遺恨を胸に抱いている。岩倉城の織田家重臣・山内盛豊の息子である一豊は、食客として林家で養育され、勝吉とは兄弟同然の仲だ。黒田城を失った山内家の無念も、勝吉は背負った気持ちでいるのだろう。

奇妙丸は挑まれた勝負を受けて立ち、過去の恨みを昇華させて、前に踏み出すように導かなければならない。


「桜、兄上様はいつもこのような過酷な旅を戦い抜いてきたのですね」決闘の準備をする奇妙丸を心配そうに見る冬姫。

「奇妙丸様はいつも頑張ってらっしゃいます」冬姫に寄り添う桜が答える。

「不思議ね、兄上様は自分で解決しようといつも前に進まれる」

「でも、そこが良い所なのでは?」

二人の会話を聞いていた於仙が感想を言う。

「ほっとけない感じですよね」

於仙に相槌を打つ冬姫。

「私がお支えしなければ思うの」

桜も同意して、

「私も奇妙丸様のお力になれたらと思います。皆様もそうなのでしょうね」

と珍しく自分の意見を言う。

「そこが兄上様の人徳なのでしょうね」勝ってほしいと手を合わせ祈る冬姫。


両者は鎧を着用し、練習用の槍(ニ間の竹竿)を受け取り馬場に出る。

奇妙丸の鎧は、紫縅むらさきおどし黒漆二枚胴具足の美濃製の当世具足である。兜と胴巻き、肩袖鎧にも鮮やかに永楽銭の文様が描かれている。

勝吉の鎧は、紺糸威二枚胴具足の古風さの残る鎧だ。鎧と陣羽織には、伊予河野家の「折敷に三文字」家紋が描かれている。陣羽織を着用していない分、奇妙丸の方が風の抵抗を受けていない。勝吉は武将としての形に拘っている様子だ。


奇妙丸と勝吉が三十間(55m)程の間合いを取る。勝吉は山内猪右衛門と切磋琢磨し、馬上の槍試合を鍛錬してきた自負がある。また義兄の林通政は槍の師であり、奇妙丸とは同門だ。同じ槍術ならば場数で勝負は決まると読んでいた。

心配そうに奇妙丸を見つめる冬姫。

於八が呟く、

「馬上での槍勝負は、交差する時の最初の一突きで勝負は決まる・・」

皆が奇妙丸と、勝吉の対決に注目する。


「本気で来い!」槍を頭上に振り上げ勝吉に向かい叫ぶ奇妙丸。

清州城主として今後の命運の決まるこの試合は一世一代の真剣勝負だ。

「大鹿毛!参るぞ!!!」

ヒヒーン!

大鹿毛が奇妙丸に応え、馬場を風の様に駆け抜ける。

あっという間に両者の騎馬の間合いが詰まった。

勝吉が精いっぱいに腕を伸ばし、槍先を突き出す。

槍が奇妙丸に当たった!と思った。しかし、勝吉の槍には何度となく経験した手応えがない。

交差の瞬間に奇妙丸の姿が消えた。振り返っても奇妙丸は騎馬の上に居ない。

鞍の片側に一瞬にして隠れ、槍をかわした奇妙丸。埴原左京亮が見せた技だ。再び鞍を跨ぎ、手綱から手を離し両手で槍を構える奇妙丸。

「いくぞ、大鹿毛!」愛馬が奇妙丸の考えを察したように、勝吉に向かって切り替えし風のように突進する。



勝吉も慌てて騎馬を返し、奇妙丸を迎え撃つ体勢を整えようとする。

大鹿毛が駆ける。奇妙丸は槍を大上段に構え大鹿毛の勢いを乗せて勝吉に叩きつける。

ドドッ!と馬場に地響きが鳴り渡る。

中途半端な姿勢で槍を受け止めた勝吉は、奇妙丸の振り下ろした槍のあまりの衝撃に、槍を落として後ろに転落するように落馬した。


仰向けに転がる勝吉、それを助けようと馬場に乱入する林家の面々。勝吉は猪右衛門により助け起こされていた。


脇差を抜き放ち奇妙丸に立ち向かおうとする二人。

そこへ「勝負あった!」と割って入る於八。

「お見事!」と駆け寄る於勝。

主を失った馬を止める三吉。馬上槍試合は誰が見ても奇妙丸の鮮やかな勝利だ。

秀貞が馬場に入ってきて二人を鎮める。

「若様、見事な腕前で御座いまするな!」

その声と共に大きな歓声が巻き起こった。観衆は奇妙丸を清洲城主として認めた様子だ。

筆頭家老の林家は二代に渡って主君に敗れる事となった。

「左京亮殿と試合した事が役立った。この大鹿毛も、最高の名馬だ!」と馬上から観衆に手を振りながら、大鹿毛の轡をとる於勝に語る。興奮気味の奇妙丸だ。

(兄上、有難うございます!)感謝の気持ちの奇妙丸だった。

「「若様――――!」」奇妙丸の傍衆一行は大歓喜だ。

秀貞が奇妙丸の傍らにやって来た。

「若い者がしたことなので、どうか許してやって下され」

慇懃に無礼を詫びるが、自身の無礼な発言に対しては無かった事にしている。流石に長きにわたり宿老の地位にあるだけに老獪だ。笑顔の下で気を付けねばならぬと思う奇妙丸だった。

敗者となった林家は表面上は服した。

奇妙丸の家来衆に清洲城内部の細々とした事の引き継ぎをして、秀貞達は那古屋城に向けて早急に清州城を出立するのだった。


*****


岐阜城山麓、岐阜御殿。万見仙千代から書状を受け取る信長。

「・・・・であるか。武骨というか、林家は頑固者が多いな」信長が呟く。

「伊予、河野の血でしょうか?」

「美濃の稲葉家もそうだな」

「そうですね」

顔を見合わせ納得の主従である。

(尾張は奇妙丸に任せた。手綱を見事にまとめてみせよ)と心の内で激励する信長。

「伊勢方面だが、北畠領の田畑を焼き払い収穫量を削減するのだ」

「はっ」仙千代が命を伝えに退出する。

信長は着々と北畠氏を討つ準備を進めていた。



第15話  完


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