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織田信忠ー奇妙丸道中記ー Lost Generation  作者: 鳥見 勝成
第十五話(清洲城編)
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86部:左京亮(さきょうのすけ)

「実は、奇妙丸様に御引き合わせしたい人物が御座る」

「会わせたい人物?」

住職が弟子に命じ外出の準備をし、奇妙丸を隣の屋敷地に案内する。寺の檀家達が寺内町を形成している一画だ。

しばらくして厩舎のある屋敷の裏手から額の汗を拭きながら青年が現れた。

「この方が、奇妙丸様に御引き合わせしたい人物です」

弟子の紹介を受けて青年が名乗る。

「埴原左京亮長久(*1)、年齢は20歳で御座る」

「織田奇妙丸、14歳で御座る」

左京亮に倣い、奇妙丸も名乗る。そんな奇妙丸を左京亮はじろりと睨みつける。

「私は、お主の兄だ」

「なんと?!」

「今までこうして日陰で育ってきた。お主の様に光が当たった事は一度も無い。この世に生れ落ちて私は納得できない気持ちがある」

「そう言われましても、突然のことで、私には何が何やら訳がわかりませぬが?」と奇妙丸は目の前の人物の言動をまず疑う。

(どういうこと?)と冬姫が、縁戚でもある生駒三吉を見るが、三吉も自分は知らないと目で合図を送る。

「私の義父は埴原右衛門尉恒康(*2)という。義父が仕える村井貞勝殿の村井家は、元々は小笠原氏に出仕していた。斯波氏が信濃守護に就任した時には斯波氏にも従い、義達の遠江遠征に従軍して今川家との戦いで軍功をあげている。斯波家臣団中では織田家と同僚と言ってもいい」

「村井殿の御家中に?」

「私の母は西三河高橋郡の領主・中条氏の娘、そして父は織田信長。美濃の道三の娘であるお主の母の嫁入りに遠慮し、庶子とされたのがこの私だ。そして、埴原家の養子とされたのだ!」

ビシ!と手に持っていた馬鞭を地面に叩きつける。内からこみあげる自身の境遇への怒りを抑えきれぬ様子だ。

「織田家嫡男・奇妙丸、お主の実力を見たい。馬術で御手合わせ願おう!」

「無礼な!」と於八と於勝が、左京亮との間に割って入る。

住職の弟子達が予想外の展開に青ざめた。

「いいだろう」奇妙丸は、於八と於勝を手で制する。兄を名乗る左京亮の言葉を見極める為、受けて立つことにした。


左京亮を先頭に、奇妙丸達と住職達が五条川の土手に移動する。

「まずは肩慣らしに半里(*3)、早駆けをするか! 半里の間に私に追いついてみよ!」

「おう!」と威勢よく応える奇妙丸。

「参る!」左京亮の馬が駆けだした。初速から風の様に早い。

奇妙丸が乗る馬も、岐阜城の厩番が精魂傾けて飼育している馬なので、並みの馬ではない。しかし、いっこうに左京亮との差は縮まらなかった。

「私の勝ちだな。まあ、馬の状態にもよるから、この勝負はさほど重要ではないか」

「むうう」悔しがる奇妙丸。今度は出発地点に向かって馬を返す二人。

「次は横乗り。これは出来るかな?」

左京亮が手本となるようにまずは横のりをやってみせる。器用に馬の鞍をまたいで片側のあぶみだけで馬に乗る。片側から見ると完全に姿が見えず人が乗っているようには見えない。

「なるほど姿が見えぬようになるのだな」

「それ!」奇妙丸も見様見真似で技をやってみせる。

幼いころから池田恒興により教えられた馬術が役立つ。

「ふむ、なかなかのものだな」と左京亮。

「では、これはどうかな?」馬を走らせながらの馬の背を跳んでの地面交互着地。

これは馬術の上に身体的な能力も要求される。

「こうか!」奇妙丸は見事にやってのける。

「むうう、これはどうだ!? 立ち乗り!」左京亮は馬の鞍に立ち上がった。

「どうだ!」奇妙丸も続いて馬の鞍に立つ。

しばらくその状態で土手を駆け抜ける。両者の技術に呆気にとられる傍衆達。

「お主の技、初見で全てやったぞ!」走りながら左京亮にニヤリとして見せる奇妙丸。

「まだまだ、馬の背での逆立ち!」

左京亮は手綱も離し、鞍の上に両手をついて逆立ちしてみせた。馬との信頼関係がなければ恐ろしくて出来るものではない。

「人が出来るのならば私にも出来よう」

奇妙丸が逆立ちに挑む。

「うぉおお」

「あぶない!奇妙丸様!」馬の鞍で体勢を崩し土手を転がる奇妙丸。

「大丈夫ですか?若――――!」

奇妙丸に駆け寄る傍衆達。

ドウドウと馬を止める左京亮。一斉に駆け寄る奇妙丸の家臣たちに驚く。

(傍衆達の奇妙丸への忠誠。人徳があるのだな。一人育ってきた私にはこのように信頼できる家臣団はいない)

左京亮が土手下の奇妙丸に駆けより下馬する。

「見事だ奇妙丸殿。馬の勝負には勝ったが気持ちで負けた。これで私はお主、いや、奇妙丸殿に心から仕える事が出来る」

「左京亮殿?」負けたと思っていた奇妙丸は驚いて左京亮の目を見る。

「数々の無礼失礼つかまつりました。これからは織田家の一員、奇妙丸殿の臣として誠心誠意、御仕え致します」

「有難うございます」と奇妙丸も敬意をこめてお辞儀する。

「左京亮殿。ちょっと」

奇妙丸が二人で話をしたいので、皆から離れた場所へ左京亮を引っ張る。

「左京亮殿、いや兄者。これからは私にいろいろと尾張の事を教えていただけませぬか」

「兄者などと呼ばれるのは恐れ多い事です、皆の前では左京亮で」

「では、二人の時にはにいと呼ばせてもらいます」

二人の間で話がまとまった様子をみて安心する住職達と傍衆達だった。


*****


*1 正式には「長久」の名は父・恒康の名とも。ここでは息子の左京亮の名とする。

*2 最近、加賀守に任官したことを左京亮はまだ知らない。

*3 半里(一里の半分で約2㎞)

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