80部:森於高姫
一宮城本丸の居館、奇妙丸に用意された〈来客の間〉。
奇妙丸と関小十郎右衛門が、近隣の情勢などの情報をやり取りしていた処、外出していた三人が戻ってきた。
早速、生駒三吉が小十郎右衛門にも同席してもらいたいと告げ、神妙な顔付で切り出す。
「奇妙丸様、関殿、御相談したき事があります」
三人は町での出来事を奇妙丸と小十郎右衛門に説明した。
「摂津から娘を連れてきているのは、どう考えても摂津守護・和田一族の仕業では?」と三吉。
「将軍の信頼厚い和田衆がそのような事をするだろうか?」和田氏と言えば将軍の幕府相番衆として由緒ある家柄なので、人買などしているものか信じられない奇妙丸。
「それにしても、人の所領内でそのような商売をするとは」と怒りでじわじわと血が上り始めた小十郎右衛門。
和田氏は一宮城下の繁華街の賑わいを利用して荒稼ぎしているのだろう。関氏としては、一宮城のお膝元に、客がぼったくられる怪しげなお店があるとは捨て置けない。
「若、店を打ち壊してもよろしいでしょうか?」と小十郎。
「そうだな、摂津の娘たちを救出しよう!」奇妙丸も店の者を捕まえて事実を確認しようと考えた。
「背後に和田氏が絡んでいるなら、織田家として幕府に正式に抗議せねばなりませぬ。もしかしたら、各地でも同じような事が起きているのではないでしょうか?」と三吉は娘達を思い遣る。
「そうかもしれぬな」和田家の領地内ならまだしも、織田領の各城下町にこのような店が増える事は政道にそぐわない。
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五人がお店の事についてどのように取り締まるか考えていたところ、そこへ、一宮城の大手門に武装した一団が現れた事を伝える伝令が来た。
小十郎が、押し寄せた武装集団の様子を確認しようと正門の二階欄干に登った。「頼もう!」と、良く響く女性の声が門外から聞こえる。
衛兵が小十郎に来訪者の正体を告げる。
「森家の於高姫が武装して来られています」と衛兵。
「ええ?!」
「小十郎、出てきなさい!」と馬上から門に向って吼える白鉢巻きに甲冑姿の於高姫。
「な、何事ですか?」と欄干から身を乗り出す小十郎。
「我が領内の者が何人も、一宮城下の町で半死半生のひどい目に遭って帰ってきているのです!」
「あっ・・・」これはまずいと顔に出る。
「心当たりがある様ですね?覚悟しなさい!」
「ちょっ、ちょっと待って下さい!」
「破城槌用意!」
「えっ?」更に慌てる小十郎。あれで突撃されたら門が壊れるかもしれない。
於高姫の背後から現れた森家の精鋭たちが、門前に先端が尖った丸太を置いた荷車を配置する。これを全力で門戸にぶつけるつもりなのだろう。
「待たれよ!姫!」と奇妙丸が叫ぶ。
「はあ?」
門上に現れた奇妙丸に不審な目を向ける於高姫。
「姉上!奇妙丸様ですぞ!!」と於勝も慌てて登って来た。
「於勝?」
「皆、誤解だ!武装を解け!」と森於九は門を開けて森勢の中に跳び出していった。実は、於九は可成の歳の離れた弟で、於高姫と於勝よりも年下だが、二人には叔父にあたる人物なのだ。
「これは叔父上」親戚の登場に慌てて下馬する於高姫。
欄干から於高姫の動向をみている五人。
「さすが、於勝の姉君だな」と奇妙丸が半笑いで於勝に振り返る。
「なんでですか!」と於勝は少々不満の様子だ。
森家の手勢はひとまず振り上げた拳をおろした。城内で奇妙丸立ち会いのもと、於高姫が関小十郎から話を聞く事となった。
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