8部:爺(塚本小大膳)
奇妙丸の日常から入って行きたいと思います。
岐阜城の本丸。
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老将・塚本小大膳が慌ただしげに駆けてきた。
小大膳は祖父・織田信秀の代からの武辺者で、槍先に生きてきた無骨ものである。
信長は美濃国馬廻衆の長老格である小大膳を高く買っており、岐阜城の馬廻衆代表で遇している。また、美濃生まれ故、奇蝶御前からの信任も厚い。
信長・奇蝶の総意で、奇妙丸の後見人的な立場をも任されている。
「若、よろしいですかの」
「どうした?、爺」
なにやら怒っている様子の小大膳。
「若、あたらしく御庭番衆をお召し抱えになられるそうで」
聞いてないという不満を、明らかに表情に出している。
「爺には、あとで報告しようとおもっておったのだ」
「どこの素性か解らぬ者ではないですか? その手の者が必要で御座いましたら、爺におっしゃって下さればしかるべきところから爺が厳選して」
「よい、よいよい、素性は甲賀流の伴氏のものだし、信頼できる者達だ」
「いやいやいや、いくら伴のものといっても、何故、近江から来たのかとかですね、この爺が気になって仕方ありませぬ」
「桶狭間合戦の時に水野帯刀殿と丹下砦を死守して戦死した伴十左衛門の遺児らしいぞ」
「なんと奇縁。丹下の伴といえば富永氏分流、爺の戦友の子であったとは」
「ところで爺、小豆坂合戦の時の爺の武勇伝を、わが側衆の者たちに聞かせてやってほしいのだが」
「なんですと!」
「小姓の者達も、爺の武勲に興味があるそうじゃ」
「ほっほっほっ。では、さっそく爺の武勇伝をお話しいたしましょう、下山して大広間にいきましょう、いきましょう、ささ早う」
「今夜は爺の武功夜話だな」
「酒は爺以外、駄目ですぞ」
次の日の午後。
「若、腰の物のお手入れをいたします」と側近の中でも手先の器用な金森於七が進言する。
「昨日は皆、ご苦労であったな」
「いえいえ、為になるお話でありました」
「爺は話しをするのが上手だしの」
話をしながら順番に帯刀していた腰の物をはずす。
「父より頂戴した御太刀・相宗貞宗と、小太刀の貞宗、美濃・尾張の国主の証」
「重みがございまするな」
「父上は是を下さる時に、曾祖父・信定様から信秀様、父上に代々受け継がれてきたものだ、この刀を持つに相応しい男に成れと言って下さった」
「なぜ、あえて、有名な初代・正宗ではなく二代目なのでしょうか?」
金森於七は正宗が天下一と信じている。
「刀匠としては正宗のほうが遥かに有名だが、二代目・貞宗はその技術を見事に引き継ぎ、数ある弟子たちにも負けず父・正宗に勝るとも劣らぬ名刀を生み出した。
その心意気こそ天道の継承者に必要なものであるとおっしゃっていた」
なるほど、と納得する於七。
「貞宗様の父、正宗は行方不明の父の遺した刀だけを頼りに、自らも刀鍛冶となって、刀匠の父を見つけ出したらしいですね」
「刀で結ばれた親子の絆じゃ、きっと父上の真意もそこにあるのだろう」
感慨深い奇妙丸。
正宗の逸話は奇妙丸の好きな伝説のひとつだ。
「鞘に施された織田木瓜と永楽銭の飾り、煌びやかですな」
刀身がまとう装飾も見事だ。
「この大小を持つものは、宝刀の霊験により必ず勝利するという」
「誠に神秘的な輝きで御座いまする」
時間を忘れて刀を見てしまう。
「この刀に相応しい天道の代行者たるべく生きなければな」
握った拳に力を込める奇妙丸。
「まあ若様、焦らず行きましょうよ、我々が支えますから」
奇妙丸が気負いすぎることを心配する金森だった。
続編を書きだしてしまいました。おつきあい下さい。