77部:清洲行
六月下旬。いよいよ、奇妙丸と冬姫一行が岐阜御殿から出発する。
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奇妙丸小姓衆や冬姫の侍女達など、奥御殿に詰める傍衆を含めて総勢三百人の大所帯だ。目的地は隣国尾張の清州城である。
清州は室町幕府の管領兼尾張国守護・斯波氏の守護所だったので、清州に入ることは斯波氏から尾張国主を継承するという意味がある。織田弾正忠家が尾張を自由にできるという“与奪の権限”を内外に示す事でもある。
今回の旅には冬姫と生駒三吉が加わり、池田正九郎は岐阜城本丸留守居を勤める。
信長は、畿内の情勢を見て木曾川を下り伊勢桑名城に向かい、それまでに北畠氏が降伏を申し出なければ総攻撃を行うつもりだ。
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冬姫の乗る籠の横を、生駒三吉が騎馬で通る。女中衆が居るので一行の移動速度は遅い。桜も池田姉妹と共に冬姫の籠に続いて歩いている。奥御殿の家族のような面々での旅なので、それほど物々しい緊張感はないが、お庭番衆の伴ノ衆はこのような時も、農民や狩人に変装し四方八方を駆け回り細作の役割をしているのだ。
生駒に気付いた冬姫が「本丸の留守居ご苦労さまでした」と生駒三吉を労う。
「冬姫様こそ若の代役、お疲れさまです」三吉も冬姫に言葉を返す。
「少し痩せられたのではないですか」と冬姫が三吉を気遣う。
「城務めは緊張の日々でしたから」三吉は岐阜城主の緊張感を思いだすだけで胃がキリキリする。それほどに岐阜城の象徴的意味は重い。
「私も外に出られて嬉しいのです。羽を伸ばしましょう」冬姫がニッコリと微笑む。
「そうですね」三吉もつられてようやく笑顔を見せた。冬姫に勧められたことで旅を楽しむ気持ちに決めた様子だ。
生駒三吉と冬姫は岐阜城の留守居を共にしたことで、本丸と御殿の間で度々仕事のやり取りをしていたので信頼関係が出来ていた。
その様子を見て腹立たしくなる於勝。
(せっかくの冬姫様との旅なのに、なんだかモヤモヤするぜ)冬姫と三吉の間に割って入るように、籠に騎馬を寄せる。
「冬姫様、清州はまだ遠いですから、“しりとり”でもしますか?」
「ゆっくり景色を眺めたいので、今はけっこうですよ」やんわりと断る冬姫。
「えー、やりましょうよー」とあきらめの悪い於勝を見て、フッと鼻で笑う於八。
池田双子姉妹が、於勝に声を掛ける。
「於勝さんはいつもお元気ですね」と於仙。
「於勝さんは優しい気遣いの方なのですね」於久も於勝をもちあげる。
「うむ」そうなのだと胸を張る於勝。
「まだまだですよ」と会話を聞いていた桜が呟いた。
「桜の言うとおりだ」と於八が笑う。
「そうだ!そうだ!」と親族の森於九が後押ししたので、「なんだとー」と於勝が怒るのを見て於九は逃げた。
列の後方に走り去ってゆく於九を於勝が追いかけてゆく。
「本当に賑やか。九郎丸兄さんは寂しいでしょうね」と於久。
「案外、張り切ってるんじゃないかしら」と於仙が返す。
「そうね、そうかもしれないわね」於久は九郎丸の前向きな性格を思い出す。兄は今どうしてるかと思う池田姉妹だった。
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岐阜成本丸。姉妹に噂されていた池田九郎丸が正装して城に居た。
「いい眺めだなあ~」と物見楼閣の欄干から奇妙丸一行の向かった尾張の方向を望む。
(城主になった気分だー! なんて言ったら、謀反する気かと信長様に怒られるからなあ。しっかり城代を務めよう。本丸を固めて、斉藤龍興の様に城を乗っ取られて笑い者になったりはしないぞ!)と決意する九郎丸。きっと、三吉はこの重圧に悩まされていたのだろう。
「そうだ、楼閣の隠し窓を確認しておこう!」九郎丸の大きな声に驚く池田家の家来衆。
留守居失格の汚名は着まいと思う。九郎丸が本丸を歩き回る日々が始まった。
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