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織田信忠ー奇妙丸道中記ー Lost Generation  作者: 鳥見 勝成
第十三話(岐阜御殿編) 『奇妙丸道中記』第二部 五徳姫
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75部:武田御坊丸、面談

奇妙丸が御坊丸を連れて来た。

「母上様、入っても宜しいでしょうか?」

「良いですよ」奇蝶が返事をする。奇妙丸が襖をしずしずと開けてお辞儀をし、

膝付きのまま前進し部屋に入る。御坊丸も奇妙丸の真似をして部屋に入る。

おもてを上げ、奇蝶の方へ目をやる奇妙丸だったが、飛び込んできた顔は奇蝶だけではなかった。

「え!?ち、父上様!?」

奇蝶の膝枕で横になった信長が待っていたので、奇妙丸はとても驚いた。

「私が信長様もお呼びしました。だって、二度も紹介するのは大変でしょ?」と微笑む奇蝶。

「何を驚いておる奇妙丸。人に驚かされるとは、まだまだじゃ」と奇妙丸の驚いた顔を見て満足げに微笑む信長。

信長が膝枕から起き上がる。

「さて、奇妙丸よ」

呼び掛けの言葉とともに信長の顔付きが真剣な表情に改まった。

「領内をくまなく見て回る事は織田の跡取りとして必要な事である。お主の初陣はまだ先だが、この度、尾張清州城主とする。そして尾張領内を見て回り伊勢の後方を固めるのだ」

「はい!」奇妙丸は、尾張では生駒屋敷から小牧山城に引き取られ外出する事が少なくなり、美濃を攻略してからは岐阜城に移って居たので、生まれ故郷の尾張を自信で検分して回った事がない。良い機会を頂いたと喜びが表情に現れる。

信長は、妻・奇蝶の前で奇妙丸に父親らしい配慮をして、奇蝶に「どうだ」という表情で言葉を続ける。

「岐阜城の留守居は池田九郎丸に勤めさせよ。そして、今回の清州行きには冬姫を同伴してやってくれ」

「承知いたしました」この処置にも両親の親心を感じる。

「うむ、冬姫に尾張を見せてやりたいからの」

信長が立ち上がり、正座したまま深々とお辞儀をして畏まっている御坊丸の方へと歩み寄る。

「御坊丸と申します」お辞儀をしたまま、御坊丸は名乗る。

「面をあげよ」

御坊丸が顔をあげ、信長と奇蝶を見る。

「いい面構えをしておるの」御坊丸を観察する。

(これが甲斐武田義信の嫡男か。我が手元にあれば、甲斐を攻め取り武田の跡継ぎとする口実にはなる)信長は合理的思考で先の事まで考える。

「ほんに勇ましい人相で、どことなく信長様に似ております」

「儂に似ておるか。そうかそうか、奇蝶は気に入ったのか?」

「はい。我が子が増えて嬉しゅう御座います。それに、奇妙丸を支える大将に成長してくれれば、これ程心強い事は御座いません」

(流石、聡明な母上。父上を部屋に呼んだ時から考えていたのだろう、話の持って行き方が上手い)と尊敬の眼差しで母を見る奇妙丸。

「御坊丸や」奇蝶が優しい声で御坊丸に話しかける。

「はい」

「貴方を私の息子として迎えます。しっかりときみょうまるを支えるのですぞ」

「はい!このご恩は一生忘れませぬ」と丁寧に礼を述べる御坊丸。

「御坊丸は馬に乗れるのか?」とクイと御坊丸の顎を持ち上げる信長、決して荒っぽくではない優しい力の加え方だ。

信長の目を見て、眼差しで返事をする御坊丸。

「では、儂と出掛けるか。奇妙丸もついてまいれ」そう言うと信長は立ち上がり、足早に部屋を出て行く。奇妙丸と御坊丸は奇蝶御前に礼をして、信長の後を追いかけて行った。

「もう!せっかく久しぶりの親子水入らずだったのに、仕方のない人ね」と呟く奇蝶だったが、私も見に行こうかしらと後を追いかけるのだった。

信長、奇妙丸の小姓衆達が慌ただしく御殿内を行き来する。

馬場に一番に躍り出て、早や駆けに興ずる信長。

「ハッハッハッハ!御坊丸、もっと早くじゃ!」

「はい!」

奇妙丸は、馬に必死に食らいついている御坊丸を背後から追う。落馬の危険がないか見守っている。

「ハッハッハッハ!」

(父上は楽しげに馬に乗られる)信長は凄い勢いで馬場を周回する。5周目までは御坊丸も着いていくことに必死だったが、やがて遅れをとり、最後は信長に抜かれてしまった。

ドウドウと信長が馬を止める。

「その歳でそれだけ乗れれば上出来だ。流石、名馬の国に生まれし者よ」

「遠山家での僅かな期間で、大したものです」と奇妙丸も褒める。

「どれ、馬に水をやろう」

馬場の外にある金華山岩肌から清水が湧き出る場所で、馬に水を飲ませる三人。

御坊丸が自分より大きな馬に、水をあげている姿を見つめる信長。

「どうかしましたか?」と父に訪ねる奇妙丸。

「いや、竹千代が来た時をふと思い出してな」と過去を振り返り遠い目をする信長。

「竹千代と申されますと?」

「今は家康だ」ニヤリと笑う。

家康という言葉を聞いて、御坊丸が振り向いて聞く。

「徳川家康殿ですか?」

「よく判ったな、御坊丸。家康は人質の頃から柴田勝家に憧れていて、家の一字を貰ったそうじゃ」御坊丸に向けニコッと微笑む信長。

「私の憧れの武将は父上ちちうえ様です!」信長の目を見て宣言する。

「嬉しい事を言ってくれるの。我が織田家に源氏の新羅三郎義光の血を迎えよう。御坊丸、今からお主は私の息子だ。そして、遠山景任の下で暮らし、遠山家を相続するが良い」

「有難き幸せに存じまする」御坊丸がお辞儀をする。

「良い子じゃの」御坊丸の頭を撫でてやる信長。

「奇妙丸、弟の面倒を見てやれよ」

「承知いたしました!」迎えられて良かったと安心した表情で御坊丸を見る。

「奇妙丸を兄と思い、お仕えするように」

「承知しました。父上様!」再び礼儀正しくお辞儀する。御坊丸は家族が増えて嬉しい様子だ。

「父上様、御坊丸の名はそのままで良いのですか?」

「お主の従兄弟も坊丸だしな。何人いても苦しゅうない」

「では、織田御坊丸と名乗ります。父上様!」

「父上か、良い響きだ。儂は先に戻る。奇妙丸、もう少し稽古をつけてやれ」

「はい!もうひと駆け行こうか御坊丸」

「はい、兄上!」奇妙丸は御坊丸が馬に乗るのを手伝ってやる。

信長は、二人が騎馬で駆けてゆく姿を優しい眼差しで見送っていた。

「男の子っていいですね」

馬場の外で三人の様子を見ていた奇蝶御前が羨ましそうに呟いた。


*****


再び岐阜城、金華山山麓の岐阜御殿〈千畳敷きの間〉。

「皆の者に発表がある。我が四男、御坊丸じゃ」

「皆様、お見知りおきを」御坊丸が左右の重臣たちにお辞儀をする。

茶筅丸は突然の弟の出現に、口を開けたまま唖然としていたが、皆が自分を見ている空気を読んだ。

「わ、私が次男の茶筅丸です」慌てて自己紹介する茶筅丸。皆、茶筅丸を生温かい目で見守っている。信長も感情が顔に出る正直な茶筅丸を見てにこやかだ。

居並んだ家臣達は御坊丸に礼をする。信長左右に侍する万見仙千代と菅屋於長は既に内々で紹介済みである。伊勢に残り影武者・信広の補佐をしている大津伝十郎と矢部善七郎は不在だ。左例筆頭小姓の堀久太郎が口火を切り、御坊丸へ自己紹介が始まる。

「私、堀久太郎秀政と申しまする」と御坊丸と目を合わせてから両拳を床についてお辞儀をする。

堀は奇蝶御前を警護して三河岡崎城に向かい、奇蝶と共に岐阜に戻って来た。堀に続いて左列に居並ぶ家臣達が名乗り終えると、続いて右列筆頭小姓の長谷川竹丸以下の家臣達が挨拶し、続けて奇妙丸・茶筅丸の小姓衆へと流れて行った。

御坊丸は一人一人の名を一生懸命聞き頷いている。

信長は上座の南蛮椅子に座り、寵愛している小姓衆一同の挨拶が終わるまで、その様子を静かに見守っていた。

最後の者が名を述べ、一段落ついたので信長が立ち上がって宣言する。

「御坊丸を、岩村城主の遠山景任とその妻・於艶おつや御前の養子とする」

「有難き幸せ」御坊丸がはっきりと答える。

「では奇妙丸、その方が良しなにいたせ」

「承知しました。父上様!」奇妙丸は信長に礼をして御坊丸を伴って退出する。奇妙丸の小姓衆達も、二人に続いて順番に退出した。

これ以降は、奇妙丸が後見人に、そして御坊丸が奇妙丸の配下として動くという事だった。

以降、この正式なお達しを伝え聞いた家臣たちは、信長が何処かで作った隠し子を今回の略式で披露したのだろうと考えた。そのため誰一人として御坊丸の母親の事などは詳しく追及することはない。隠し子騒動は戦国武将の間ではよくある事として承知しているためである。

また、於艶ノ方は信長自身の叔母でもあることから、御坊丸が養子に行くことは筋が通っていた。遠山景任がそれを了承しているのなら問題の無い事だった。


*****


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