73部:岐阜城への帰還
奇妙丸(織田信忠)の青春時代の物語です。松姫との面会を果たし、物語は第二部へと突入します。父・織田信長と織田家家臣団は、南伊勢の北畠家との対決へと向かって行きます。
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岐阜城、金華山山麓の岐阜御殿〈千畳敷きの間〉。
父・信長を前に御坊丸を伴い現れた奇妙丸。
大半の家臣が伊勢に出陣しているため岐阜城に居る者は少ないが、信長と奇蝶の傍衆、奇妙丸と茶筅丸の小姓衆、岐阜城詰めの衆に対し、これから御坊丸のお披露目式が行われるのだ。
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これより一週間ほど前。
恵那山の麓の苗木城を出発してから、帰路の途中で岩村城に寄り、遠山景任夫婦に御坊丸を父・信長と引き合わせる事を約束した。帰りの旅は一行五人に、御坊丸を合わせて六人となった。
「景任殿と於艶殿は優しくしてくれるか」
「はい。景任様は立派なお侍になれと導いて下さいます。それと、ご飯がおいしいです」
「ハッハッハ、ご飯は重要だからな」と勝蔵。
「たくさん食べて大きくなれよ」男平八が御坊丸を天に向かって持ち上げる。
直垂を着てすっかり武家の子供らしい姿をした御坊丸を見る。山中で出会った時の野生そのもののような姿だった頃の面影はないが、奇妙丸は気になって御坊丸に尋ねる。
「御坊丸、字は読めるのか?」
「はい、於艶様に手ほどきを受けております」
「では、水滸伝(*1)を読んだことはあるか?」
「すいこでん?それは、唐物の書物ですか?」
「うん。丹羽五郎左衛門長秀殿から頂いた本があるのだが、岐阜に着いたらお主に贈呈して進ぜよう」
「有難うございます」御坊丸の顔がぱあっと明るくなった。
「その本は、私も熟読したのだ」
「私も読みましたよ」と男平八、「私も」と正九郎と桜。
「あーあれね。俺も多分読んだ」と怪しい返事の勝蔵。
「じゃあ、林冲(*2)を知ってるか?」
「知ってるよ、悪い奴でしょ」
「林冲は何の達人か覚えてるか?」と聞く男平八。
「お、おう」と勝蔵が言う「あれだろ、弓の名人」
「違いますよ」と桜のツッコミ。
勝蔵とのやり取りを見てクスクスと笑う御坊丸。
仲間との会話を楽しみながら、岐阜城に向かう奇妙丸だった。
*****
岐阜城下、池田屋敷。
「奇妙丸様、わざわざ寄って頂きまして有難うございます」と正九郎。
帰城の途中に池田屋敷に立ち寄ると、双子姉妹たちが兄・正九郎(九郎丸)や、奇妙丸一行を出迎える。
「二人にお礼を伝えたいと思っていてね。旅に出て良かったよ。おかげで松姫様にも会えたのだ。ありがとう」
「それは、宜しゅう御座いました」姉妹は同時に微笑んだ。
「森殿も、なにか見違えましたね」と於仙。
「背が伸びたような気がします。一段と男振りが増したような」と於久。
「そうかなあ、変わらない気がするけど」と双子の兄の正九郎(九郎丸)が否定する。
「毎日一緒にいると判らないものですよ」と於仙。
(確かに皆、背が伸びているかもしれない)と四人をじっくり見直す桜。
「桜さんもご苦労様」と双子が労う。
自分に声をかけてもらえて嬉しそうな表情を見せる桜が、コクンと頷く。
「お兄様、どうぞお荷物を」双子が荷物を取り、一行を居館の中へ導こうとするが、奇妙丸は手で制して旅の一行を労う。
「いや、私は御坊丸と濃御殿に戻るよ。皆、ご苦労だった。一先ずはここで解散だ」
「では、私も参ります」桜も城に戻ることにした。
(陰で護衛の任務を務めている伴ノ衆も、城内の御庭番詰め所で休息を取りたいだろう)
「森様に梶原様、家に寄って頂けませぬか?」と双子姉妹。
「わかりました!」と勝蔵。
「梶原様も遠慮なさらないで、我が家で疲れを癒やして下さい」と於仙が手を引く。
「わかりました」と立ち寄ることに決めた於八。
「よし、行こうか桜、御坊丸」残りの者はお辞儀をし、帰城する三人を見送った。
*****
奥御殿に到着し、桜は御庭番詰め所に戻るのでそこで奇妙丸たちとは別れた。
「桜お姉ちゃん、またね」御坊丸が手を振る。
「ええ、また」
桜は笑顔を見せて去っていった。
「若、お帰りなさいませ」と城に詰めていた金森於七や佐治新太等、傍衆が一斉に奥御殿玄関に集まる。
久々の主の帰還に喜び泣き出す者もいる。
「今回の旅は長かったですね」と金森於七。
「すまなかったな、おかげで良い経験をさせてもらったよ」
「ところで、その少年は?」と佐治新太が尋ねる。
「新たな小姓の者ですか?」と森於九(於八の親戚)。
「私の弟だ」と奇妙丸が御坊丸を持ちあげる。
続いて、御坊丸が
「弟の御坊丸です。皆さまお見知りおき下さい」とお辞儀した。
「え?」奇妙丸の傍衆達は何か触れてはいけないものに触れたのだろうかと戸惑った。
「皆、よろしく頼んだぞ、部屋は私の隣室に用意してやってくれ」と御坊丸を地面に降ろす。いつもと変わらず同じ態度で話す奇妙丸に、傍衆達は御坊丸に礼を失さないように接遇する。傍衆達には謎の緊張感が生まれたのだった。
「生駒は本丸か?」と奇妙丸が金森於七に聞く。
「はい、山頂に詰めておられます」
「じゃあ明日、生駒にこちらへ来てくれるように頼む」
「承知しました、我君」
生駒三吉にも長い期間勤めを替わってもらったため、労ってやりたいと考える奇妙丸だった。
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*1『水滸伝』:13~15世紀頃に纏められた物語。18世紀頃から日本で流行する。
*2 林冲:物語の主要人物で棒術を得意とする梁山泊の豪傑。
(追記)当初目標の12話まで完了したので、次は24話までを目標に書き続けたいと思います。
阪神震災の時に私も経験しましたが、眠れない夜が続いていると思います。
いつか治まる日が来ると信じています。頑張ってください。




