69部:松と桜
昨日、遠山直廉と於苗御前は松姫の性格を考え、奇妙丸に会わせるのは時間を置いた方が良いと判断した。次の日、於竜姫が仲介して松姫を奇妙丸に紹介することにしたが、心配した通り松姫は初見からぶつかり合ってしまった。
「最悪だわ。奇妙丸とその連れ。本当に嫌な人たち」ぶつぶつと悪態をつきながら庭を散歩する。
松姫を追いかけてくる小さな影。
「松姫様、お待ちを」
「誰よ?」松姫は今、最高に機嫌が悪いようだ。
「私は桜と申します。岐阜城の御庭番です」
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「御庭番が私に何の用なのよ」
「奇妙丸様の事です」
「あのいい子ぶりっこの操り人形が何よ」
「操り人形などではありません。奇妙丸様は、自分の信念で動かれるお方です」
「どうしてそう言い切れるの?あの男の何を知っているっていうの?」
「私は隠密として行動を共にしてきました。奇妙丸様は、貴女を想って恵那山まで旅をしてきたのです」
「私を想って?」
「松姫様の気持ちを理解するため、貴女の育った地を一目でも見たいと」
「ばっ、馬鹿じゃないの?!」
「奇妙丸様のお気持ちを信じて下さい」
「ふんっ、じゃあ、どんな旅をしてきたのか私に教えなさい」
桜は松姫に部屋に連れて行かれた。部屋では松姫による長い事情聴取が始まった。桜と奇妙丸の出会いから、桜が知っている奇妙丸ことを、順を追って松姫へ話した。
「ふぅーん。色々あったのね」会った時よりも、幾分か表情が和らいだ松姫。姫は桜よりも年下だが、武田の姫なだけあり、一本芯が通った強さが伝わってくる。
「御坊丸の事は私も気になっていたの。安心して。父には絶対言わないから」と松姫。
桜も松姫の「絶対」は信じて良いと思える。
「今日は話をしてくれて有難う。御話し相手ができて嬉しかったわ」
松姫の言葉にふと気づいた桜。
(松姫も於竜の方のお世話に来ているとはいえ、勝手知らぬ城で寂しい思いをされていたのかもしれない)
「そうだ桜、一緒にお風呂に入りましょうよ」と松姫。
「お風呂、ですか?」
「ええ、遠慮しないで。桜ともっとお話をしたいから」
松姫は、桜を解放する気持ちはないようだった。
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「あれから桜、戻ってこないな」と勘九郎。
「松姫様を追いかけて行ったようですが、大丈夫でしょうか」と男平八。
「心配だのぅ」桜を思う四人だった。
「若、苗木城内を散策しませぬか?」と桜の捜索と共に、気分転換を勧める男平八。
「そうだな。お主達は色々見てくると良い」勘九郎は心落ち着かないので部屋に残ることとしたようだ。一人で松姫の事を考えたいのだろうと、気を遣い三人で散策することとした。
城内の仕掛けや構造を見て回る男平八達は、本丸石垣の下で一人の武人と出会った。威儀を正しくした武人が近寄ってきて挨拶をする。
「勝頼様直属の透波頭領・出浦対馬守盛清で御座る」服の上からでも筋骨の引き締まった体躯が想像できる。軽快な動きは爽やかですらある。
苗木城内では、諏訪勝頼の指示で武田三頭目のうち信濃の出浦配下の者が於竜御前を警護していた。
「我々は織田家の者だ」と勝蔵が名乗った。
盛清が三人ににじり寄り、小声で問い掛けてきた。
「我らの同僚、高坂甚内殿の配下の透波が貴殿等により討たれたようだが?」
「知らぬ」と男平八が即答する。
「今、両家は同盟関係にある。信玄様からも織田家の御嫡男を暗殺せよなど指示は受けておりませぬ。松姫と奇妙丸殿の会見も、我ら忍びの者の口出しするような事では御座りませぬ」
奇妙丸の供であることを知られているようだが、盛清は今ここで戦う気持ちはない様子だ。
「高坂の新参供の事は、まあ、良いのです。我らとは別の組の忍び衆ですから。ここからは、私の独り言に御座る」
三人の周囲を歩き回りながら、盛清が続ける。
「勝頼様と私は、義信公の忘れ形見を討つ事が本当はしのびなかった。しかし、信玄様には熊若が連れ去った義信公の御子息が、熊若と共に討たれたと伝えるしかあるまい。誠に残念な事だ・・・」
独り言と前置きをしたためか、胸の内を吐露する。
「では、怪しいものが周囲にいないか城外を見回って参ります」
そう言って、盛清はさっさと本丸を後にして二の丸へと降りて行った。
「出浦殿は信義を貫くお方のようだな」と九郎丸。
「俺は奴を気に入ったぞ。いつか勝負してやる」勝蔵は不敵な笑いを浮かべた。
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