68部:於竜ノ方(おりゅうのかた)
翌日の苗木城本丸居館、〈於竜の間〉。昨日、直廉の厚いもてなしを受け、身心の改まった五人は、朝餉を食べてから於竜ノ御方様の部屋に来るようにと女中から伝えられた。
部屋では、産後の病気に悩まされる於竜姫が、布団で横になって待っていた。
於竜姫の枕元には姫の世話をする少女がいた。目鼻立ちが整い端正な顔立ちをしているので大人びて見え、瞳が大きく、内からの快活さがにじみ出ている。傍にいるだけで周辺が明るくなるような美少女だ。
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「御具合はどうですか?」と於竜ノ方に手を貸して抱き起す少女。
「今朝はすっかり調子も良くて、いい気分です」
「それは、良かった」と少女が微笑むと、於竜ノ方もつられて笑顔になる。
「ところで松姫様、縁組の話が進んでいるとか」
「私は父上にお断りしようと思っています」はっきり言い切る松姫だ。年齢は9歳だが、既に於竜姫とも難しいことを話し合える仲だ。
「二代目の甘ちゃんなんて、考えただけで痒くなります。あ、勝頼様の事を言ってるんじゃありませんよ?一般論です」於竜に対してもませた口調ではあるが、於竜は松姫のはっきりしたところを可愛く思っている。
「そうですか。でも、奇妙丸様は決して甘ちゃんではありませんよ?」
「よくわからない人と結婚するのは嫌です」
「そうですよね」肯定しつつも、これから理解をしてもらおうと思う於竜の方。
廊下から、複数の足音が近づいてくる。
「於竜様、御呼びでしたか」と奇妙丸たち。
「どうぞ、お入り下さい」と於竜が答えた。襖が開き、奇妙丸が廊下から膝をついて礼をし、続けて四人が部屋に入ってくる。
松姫が部屋に入ってきた奇妙丸達を、一人ひとり上から下までいぶかしげにみる。
病床の於竜ノ方の部屋に入ってきた集団を不審に思い、
「どちら様ですか?」と思わず先に聞いてしまう松姫。
「私は奇妙丸という・・」奇妙丸がお辞儀をしつつ自己紹介をしようとしたその時、
「あーーーーーーー!!!!」思わず指を指して大声をあげてしまう松姫。松姫の声に全員が驚いた。
「父上が私の婚約者にって言ってた、織田の!」
「ということは、貴女が松姫殿?」
「奇妙丸って、変な名前の!」
「変な名前って」顔がひきつる奇妙丸。
「私は普通です。頼朝公の名の鬼武者の方が普通じゃない!」と弁解する奇妙丸。
「まあいいわ。あなた、それで婚約ってどうするつもりなのよ?」奇妙丸の言葉は受け流して、松姫が本題を切り出した。
「私は、父上の決めたことだから・・・」松姫から於竜の方に視線を移し語尾が小さくなる奇妙丸。
「って、あなた馬鹿じゃないの?!」奇妙丸の態度に怒り出した松姫。
「な、なな」慌てる奇妙丸。
「親に決められたら、あなたは「はい、そうですか」って言いなりなの?」
「織田家嫡男として、致し方ないではないか」更に開き直って返事をしてしまった奇妙丸に、呆れたように左右に首を振る松姫。
「ふんっ!とんだ優等生ね。私はあなたとは結婚しませんから!」
「そんな、姫」父との約束が守れないと慌てる奇妙丸が立ち上がろうとして中腰になる。
「近寄るんじゃないわよ!」
松姫が立ち上がった。
「おい!!さっきから黙って聞いてりゃこの女、無礼にもほどがあるぞ!」突然、勝蔵(於勝)が吠えた。
「この女じゃないわ!私には松姫という立派な名前があるわ。あなたこそなんなのよ!」
「なんなのじゃねー!俺は最強の武人になる於勝様だ!」
「はぁ?頭の中まで筋肉の男のようね。あなたみたいな力が正義みたいな馬鹿は甲斐にもいっぱいいるわよ!」
「いちいち頭にくるなあ、この女」
「この女、女って、本当に馬鹿のひとつ覚えね」
「松姫殿、たとえ貴女でも私の仲間に無礼は許さない」奇妙丸も松姫の奔放な物言いに怒りはじめた。
「奇妙丸様、この縁組、考え直しましょう」と於勝。
「心配しないで、こっちから願い下げですから」
「松姫!私はたとえ政略結婚でも、両家の平和の為なら構わないと思ってる。承諾してほしい!」と語気を強めながら縁組を申し込む奇妙丸。
「私は絶対に嫌よ!」
ここで初めて於竜の方が口を開いた
「松姫様、私と勝頼様は政略結婚の犠牲になったとは思っていません。なによりも私は、勝頼様を愛しています」
桜も口を開く、
「於勝は馬鹿でも、若は馬鹿じゃありません」
桜を振り返り目で抗議する於勝。しかし、桜はそれを受け流す。
「な、なによ、私が間違ってるって言うの?」
「ふんっ、もう知らない!」松姫は部屋を勢いよく飛び出していった。
「失礼いたします」と桜も追いかけるように出て行った。
於竜も奇妙丸も圧倒され、ただ見送るしかなかった。
「・・・なんと言いますか、大変元気な方ですね」於八が間をもたせようと呟いた。
「ごめんなさい」と於竜の方。
「いや、於竜様が悪いわけでは」
「私は、奇妙丸様と松姫様を引き合わせたかったのですが・・」於竜の方もこの展開に困った様子を隠しきれないようだ。
「ここで松姫様と出会うとは、思ってもみませんでした。なんとか姫を説得いたします」と、引き合わせてくれた礼をする奇妙丸。
「頑張って下さいね」と、めげていない奇妙丸に少し安心した於竜の方。
一方、於勝達三人は、松姫の気性の荒さに衝撃を受けていた。
(俺はやっぱり冬姫様がいいなぁ・・)
松姫は苦手かもしれないと思う三人である。
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