66部:御坊丸
皆が熊若老人の冥福を祈って、お経を詠んでいるところに、武士団が馬を曳き、杖を突きながらやってくる。
「おーい、奇妙丸殿~」
岩村城主の遠山景任が、一行を追いかけ山道を登ってきたのだった。
「これは、何か派手に戦闘があったようですな」
「甲州の透波と争いがありました」
「やはり道案内と警護が必要でしたな。御山の管理人の私の不手際で御座った。お許しください。実は出発されてから、岩村領内の地図を作成して参りました」
「これをわざわざ、それに地図は戦国の極秘中の極秘情報ではありませんか」
「織田家への、私の気持ちで御座る」
「有難うございます。それから景任殿、ご相談したいことがあるのですが」
「なんなりと」
勘九郎は、熊若老人が桜に語ってくれた武田家の内紛騒動の経緯と、義信の忘れ形見である御坊丸の身の上について、遠山景任に詳しく説明した。
「織田家としては保護した方が得策と考えます、武田家の御曹司ですから」
「大和守景任殿は、どのようにお考えで?」
「野で育っていくには厳しいでしょうな。我が城に迎え、我が養子とすれば、いつか両家の御役に立つことができるやもしれませぬ」
「しかし、信玄公に殺されたという噂の武田義信殿の息子では、どこで匿っても信玄公の健在のうちは追及が止まないでしょう」思案する景任。
「今は、身分を隠す為に織田信長殿のご子息から、私と於艶が養子を頂いたということにしては頂けませぬか」
「なるほど名案です」と勘九郎。
「父上に相談してみます」
「よしなにお願い致します」
それから、御坊丸自身の気持ちはどうなのだろうと考え、正面から泣いている坊丸の両肩に手を置き、坊丸の目を見つめる。
「坊丸、話しを聞いていたか?私の弟にならないか」
「僕は一人じゃないってこと?お兄さんになってくれるの?」
「そうだ」
「わかった、弟になる」坊丸は涙を拭いた。
「じゃあ、これからは私の弟として遠山景任殿の岩村城に連れて帰ってもらうんだ。それから、この景任殿と於艶御前が、坊丸の新しい父上と母上になって下さるだろう」
「本当に?」
「本当ですとも。御坊丸殿、馬に乗りましょうか」と大和守景任が、曳いてきた馬に坊丸を乗せる。
「では、お願い致します」
「うむ、承知いたしましたぞ」
「そうだ、ここに来る途中に飯羽間山城で剣道の試合を申し込まれ困った事があったのです。飯羽間の遠山友勝殿は正体が掴めませぬ」
「岩村遠山家が遠山氏長者となる時は協力的だったのですが、私が遠山家惣領職となってから、飯羽間の専横が激しくなってきていますな。一族に迷惑をかけているという訴えが多くなってきました」
しばらく考え込む勘九郎。
「そうですか、飯羽間の野心に、お気を付け下さい」
「御心配、有難うございます。それでは、この後は我々恵那山の管理者が片付けて、岩村に戻ります」
「地図を有難うございます。頑張って登ります」
景任は一呼吸を置いて、
「苗木の城にも必ず寄られますように」といって勘九郎一行を送り出した。
「お兄ちゃんたち頑張ってね~」と手を振る坊丸。
一行は、大和守の下で坊丸が幸せになることを願った。
*****
恵那山山頂。一行は景任の地図を用いて、道に迷うことなく辿り着く事ができた。
「見てくれ、あれが霊峰富士じゃないか」
「きれいですね」
「あの山の麓が、駿河、甲斐、相模だ」
「行ってみたいですね」
「天下が統一されれば行けるさ」
「この景色を、誰に見せたいだろう」と正九郎。
勝蔵が富士を眺めながら
「いやー、冬姫様にもみせてあげたいなあ」景色に感動してふと本音が出る。
「次は冬姫様と来たいですね」と男平八。
(ここに来るまでにも色々な事があった。それに、武田家がどういうところか、なんとなく解った気がする)遠くを見つめる勘九郎。
「ふっ ゆっ ひっ めー」と叫んでいる二人。正九郎も真似をして一緒に叫びだした。
「松姫様の名は叫ばなくてよいですか?」と桜が勘九郎に聞く。
桜の突然のふりに戸惑った顔をして「下山しよぅー」と三人を呼ぶ勘九郎だった。
*****
それから二日後の近江国、山崎山城。信長が領主・山崎片家に命じて街道沿いに建設させた城だ。
書状を捧げ持つ万見仙千代
「奇妙丸様と、岩村の遠山景任殿から書状が参りました」
「・・・であるか」奇妙丸の書状に眉間に筋の入る信長。続けて景任の書状を読み頷く信長
「武田義信の嫡男、我が養子として迎え景任に託そう。二人にそう伝えてくれ」
仙千代は書状を受け取り退出してゆく。
(そういえば池田恒興の子に丁度、歳の頃の同じ娘がいたのう。まだ先の話だが、これは良いかもしれぬ)
信長は一人、自分の考えに思わず笑みがこぼれた。
第11話 完
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