61部:岩村城主・遠山景任
飯羽間城下を出立した勘九郎一行。恵那山へ向けての旅は続く。
「あの親子、本当に感じ悪かったよなあ」と勝蔵。
「戦国の世は、あれくらいじゃないと生きていけないかもしれないな」と男平八。
「力で捻じ伏せてやったけど、必要なのはやっぱり力なんじゃないか?力の源は筋肉だよ。なあ桜」と勝蔵が腕まくりして力瘤をつくる。
「知恵も力じゃないでしょうか」桜が答えた。
「どういう意味?」と勝蔵。
「ハッハッハッハ(桜も言うようになった)」と三人が笑う。
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飯羽間城から東方には岩村城がある。岩村城の城主・遠山大和守景任は、遠山氏の遠山長者であり惣領職でもある。また、奇妙丸の曾祖父・織田信定の娘婿である。
景任の弟で苗木城主の遠山左近助直廉は、奇妙丸の祖父・織田信秀の娘婿にあたる。勘九郎(奇妙丸)にとって岩村城の遠山氏は身内に近い存在であるが、直廉娘の嫁ぎ先は武田入道信玄斎の次男・諏訪勝頼だった。
弘治元(1555)年に武田家の美濃侵攻があり、そして翌年(1556)に岩村城の遠山氏の景任は武田信玄の後ろ盾を得て遠山一族の惣領となったので、武田入道信玄斎に恩義を感じ武田家に従っている。
現在では、ある程度の自立性を保ちながらも織田・武田に両属する形となっているのだった。
高山城主・平井頼母光村が心配していたことは、遠山家が両属していることで、武田家の隠密が多数、遠山領内に居る事を意識するようにとの意図だった。
東美濃の山岳地にある岩村城は、城下から小高くそびえる城山の山頂(標高約710m、三ノ丸は560mで城下との比高差は約50m)に築かれている。
「岩村城はな、鎌倉幕府期の文治元年(1185)に将軍・源ノ頼朝の御家人・加藤次景廉によって築かれた。 加藤氏は源ノ頼朝から遠山荘の地頭職を得て、遠山氏を称したのだ」
といつもの説明の勘九郎。
「さすが、若」と於八。
「丹羽長秀殿仕込じゃ」と定番で返す勘九郎。
ここには一族の「於艶の方」が住んでおられるので、是非とも立ち寄りたいと考えていた。
勘九郎は搦め手口から周り、門番に奇妙丸(勘九郎)が来たと告げた。番人は恭しく、本丸の館まで案内してくれた。
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岩村城本丸館、応接の間。
案内された勘九郎一行の前には既に、城主である遠山大和守景任とその室である於艶御前が、まるでひな人形のように二人仲良く居並んでいた。景任は遠山家の惣領にふさわしい偉丈夫である。於艶御前は女性らしい端正な顔立ちをしており、冬姫とどこかに共通の面影を持っている。冬姫が大人になったら、このような雰囲気になるのだろうか。
「大和守景任殿、御艶御前殿、ご機嫌麗しゅう何よりです」
「若、お久しぶりで御座います。此度は何故、岩村までお越しになられたのですか?」
「この度、武田松姫と縁組をいたすことになりました」
「それは良い。松姫殿は可愛い方ですぞ」と遠山景任。景任は武田信玄の駿河侵攻に従った他、正月にも甲府の躑躅ケ崎館に挨拶に行くので、甲府の館で何度か松姫と会ったことがあるのだ。
「私は会ったことが御座いませんので、それで、せめて姫の故郷を見たく思いまして東美濃までやって参りました」
「そうですか、松姫殿の事を考えて」
景任の隣にいた、於艶御前が景任の横顔をちらっと見て、
「結婚は良い物じゃぞ。私は景任殿に大切にされて幸せじゃ」と惚気た。
「これこれ、照れるではないか」
皆の手前、赤面する景任である。
後ろに控える男平八ら四人も笑顔になる。
「若、岩村遠山一族は信玄殿の次男・諏訪勝頼殿とのご縁が御座います故に、両家の平和の為にお力添えしたく存じます」
「ありがとうございます。この後我々は恵那山に登り、松姫の居る信濃・甲斐を見渡したいのです」と景任に礼をする勘九郎。
「恵那山は古くは胞山や胞衣山とも書かれます。天照大神がここに降誕され、その時の胞衣がこの山に埋められたと伝えられています。神の山です」景任は、自身の信仰の為に幾度も登ったことがあり、領主として恵那山の管理もしている。
「恵那山は、子宝の神様なのです」と於艶御前は隣の景任を横顔を見た。
「私にも、早く子が生まれると嬉しいのですが」と於艶御前は。
「こればかりは天からの授かりものですよ」と景任。景任に焦る気持ちは無い様子だ。
「景任殿のような、元気な男の子が欲しいです」
「私は、於艶のような優しい娘がいいぞ」
「まあ」
二人のやり取りを見ていて、相思相愛なのだなあと五人は思った。
「今夜はどうぞ、我が家のつもりで羽を休めて下され」見られていることに気がつき、景任が話を切り替えた。
「かたじけないです」
こうして一行は、景任の好意により岩村城内にて旅の疲れを癒すことができた。
翌日、景任は玄関先まで一行を見送ってくれた。
「できれば、山に詳しい者を案内に付けたいのだが、あいにく同行できる者が不在ゆえ」
「大丈夫でございますよ。山頂が見えていますから」
「山の天候は変わり易き故、気を抜いてはいけませぬ。岩場も多いので、夜は移動されぬように」
「ありがとうございます」
遠山景任と於艶御前は姿が見えなくなるまで手を振って送ってくれた。
岩村城を抜け、一行は恵那山山頂を目指す。
「於艶御前は、とてもきれいな方でしたね」と勝蔵。
「曾祖父・織田信定様の秘蔵娘だったらしいからな」と勘九郎。
「景任殿は於艶様に骨抜きになっておられましたね」と正九郎。
「冬姫もいつか、あのような奥方になるのだなあ」と勝蔵。
勝蔵の言葉に、皆がもし冬姫が自分の奥方だったらと、妄想の世界に入り込む。三人はそれぞれが思い思いの冬姫との妄想に浸り、口元がにやけている。
勘九郎と桜は、そんな三人にあきれて顔を見合わせた。(静かだし、そっとしておこう)
桜が微笑んだ。
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