55部:御栄御前
兼山城に帰城した勘九郎一行。
「皆が無事で何よりだ」
(しかし)勘九郎は御栄御前を横目に見る。
「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏・・・」と、御栄は念仏を唱えている。よほど怖い思いをしたのだろうか、館に戻っても御栄御前の様子はおかしなままだ。
「母上・・・」
御栄の取り乱した様子に、勝蔵も於乱も胸が締めつけられる思いだった。
於乱が御栄に寄り添い母を慰める。
「於勝の血に染まったあの姿、本当に怖かった。それに、あの僧侶の呪いの言葉が、私は恐ろしいの」
あれが、僧侶であったかどうかは御乱にはわからない。覆面をする僧侶など、聞いたことがないからだ。
「阿弥陀様、お寺を建てますので、どうか森家をお守り下さい。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏・・・」
・・・・・一年後に夫・可成、長男・可隆を相次ぐ戦死で失い、呪いの言葉をより深く信じた御栄は、一族への呪いに対する恐怖から逃れる為、阿弥陀仏に祈ることが御栄の心の拠り所となった。そして、次第に仏教に心酔していく御栄は、本願寺顕如の許可を得て浄土真宗の末寺を領内に創建するのだった。
そこへ、小原城を守った平井光村も少数の供回りのみで兼山城にやって来た。
「若様、この度は若様の御軍略により平井家は助かりました」
「平井殿のご家族も、皆が無事で良かった」
「この平井頼母光村、このご恩を生涯忘れませぬ。若に忠節を誓いまする」
頼母は頭を下げた。
「小栗は跡継ぎなきまま病死と報告する。御嶽城も頼んだぞ」
「承知しました、我が君」
そう言うと頼母は、再び深く頭を下げた。
「ところで、若様はこれからどちらへ行かれるのですか?」
「恵那山まで行って信濃と甲斐を見渡したいと思っているのだ」
「なぜそのような所まで?」
「武田松姫と婚約することになったので、姫の生国を見たくなったのだ」
「それはおめでとうございます。松姫とのご結婚を、楽しみにしておりますぞ」
「ありがとう。東美濃の和平が保たれると良いの」
「誠に。これより先は遠山氏の支配地。織田、武田の両勢力の混在地でもあります。甲州勢も入ってきているやもしれません。どうぞ、お気をつけて下さい」
「ありがとう」
平井は勘九郎たちに信濃の地理や街道についての助言をし、本城の高山城へ母と妻を連れ帰って行った。
*****
それから数日後の近江国、勢多城。城内の山岡屋敷。
「兼山より林通安殿、高山より平井光村殿、ご報告があるそうです」書状を捧げる万見仙千代。
「ふむ、・・・・であるか」次々と書状に目を通す信長。
「御嶽城の件は判った。これ以降は御嵩城と名を改めよう。森可成に伝えてくれ」
「はい」
「京都との間の宇佐山にも城が欲しいのう、可成に任せるか」独り言のように呟き、信長は比叡山上空の空を厳しい顔つきで見つめていた。
第9話 完
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