第402部:鈴木孫一(まごいち)
大坂石山の北方、京橋口。
蒲生軍の奇襲が成功し、慌てた石山本願寺勢は堅固な要塞と化している本願寺総本山:大坂石山御坊を目指して退却を始めた。
桜ノ岸砦からも打って出た軍団は、奇妙丸の叔父で西美濃勢の旗頭となっている斎藤新五、西美濃四宿老のひとり、頑固一徹の翁:稲葉良通とその一族が構成する軍団、信長直臣からは元黒幌で躍進目覚しい中川重政の弟:津田信重が目付で入っていた。これに、儀我三河守の伝令を受け動き出した、北東の森口方面に布陣していた河内勢や、東美濃勢と森長可軍が加わった。次々と加勢が現れ勢いを盛り返した幕軍は、石山北方で唯一川を渡ることが出来る京橋口の備前島付近まで戦線を押し上げている。
「やっぱり専業の武士団の前には、百姓軍は歯が立たないな」
備前島(河が増水した時に此処だけ島の様に取り残される地形だったため)と呼ばれる小高い丘に布陣し、鉄砲を連射して援護していたのは紀州の傭兵軍団・雑賀衆。その雑賀衆の中でも、古代氏族「穂積氏」を祖に持つ鈴木党七千人は、土橋党六千人と並んで雑賀衆の中核を成す軍団だ。
穂積氏は蘇我氏・紀氏と並んで古代朝鮮半島の任那日本府の経営に係り、5世紀のそれ以降も約10世紀の間(千年間)にわたり、南紀伊を代表する海賊豪族であり、足利幕府政権下では熊野水軍の愛洲氏とともに倭寇として大陸の漁師や貿易商人から畏怖され、逆に大陸沿岸の海賊からは九州沿岸や対馬・隠岐の防衛に貢献し、名を馳せてきた海部連合の名門だった。
銃身の熱くなった火縄銃を冷ましながら、戦況を見つめる雑賀衆の部隊長:鈴木(雑賀孫市)宗忠。
「なんか、鯰尾の銀兜すげぇな」
「織田の若い衆とちゃうか、 しらんけど」
そう答えた鈴木孫一重秀も、雑賀衆の中では若手のほうで、首領:鈴木佐大夫重意の孫にあたる。
「本当によく目立っているな。ありゃ的にしてくれってもんだぞ。狙えるか?」
「ちょっとまだ遠いが、やってみるか」
孫一の腕前は、雑賀衆一万五千人の中でも随一だ。
「まずは、ご挨拶っと」
「ぐぬっ!!」
銀の鯰尾の尾びれが横玉により弾かれ風穴が開いた。撃ち抜かれた衝撃で武者が落馬する。
「殿!」 「若殿!!」
蒲生家の譜代衆が一斉に駆け寄り、前面に竹束の盾を押し立てて円陣を固める。
「大丈夫ですか!?」
町野が抱き起こそうとする手を払いのける。
「玉の飛んできた方向からして・・・・。あそこか」
冬姫から渡された青龍刀に似た薙刀を、馬上からひたすら振るっていた。
賦秀は、堀を越えた先の遠方で、火縄銃を構える二人組に視線の動きを止め、
自分を狙った狙撃者を確認する。
「次は俺が狙ってみるか」
「ん?」
「奴、転がってる武者の鎧をひっぺがして重ね鎧にしよったぞ」
「そのうえ他人の兜を左手の盾にした。思ったよりやるな(笑」
「こっちに気い着いてるな」
「おうおう、向かってきたで」
「お前が撃てってゆうたせいやからな」
「なんでやねん、外したお前が悪いんやんけ」
約十三間(23.5m)の堀を挟んで対峙する双方。
「雑賀衆の名のある武士とみた! 名前を聞く!」
「撃ち方やめー」
指揮下の鉄砲隊に声掛けする二人。鉄砲衆は刺々しい鋲を打ち込まれた雑賀鉢という今様の兜を皆被っており、それぞれが火縄銃を二・三丁背負い、一目で雑賀衆とわかる重装の歩兵集団だ。
「雑賀孫市(鈴木宗忠)だ」
「分った、もう一人は!」
「鈴木孫一(重秀)だっ、聞くんなら先に名乗らんかい」
「ん?」(まごいち だらけか?)
「俺は織田家の一門、蒲生忠三郎賦秀 也!」
「紀伊衆は我ら方に参陣するのではなかったか? 一揆に与してお前たちは何のために戦っているのだ! あっちついたり、こっちについたり、お主等には武士の尊厳と云うものが無いのか!?」
「しらんわ。甲賀なら似たようなもんと違うんか。先祖代々俺達はそうやって生きてきた。親は選ばれへんからな」
「甲賀でも我らは目覚めた、織田の下に、新しい日本国を作る! お主の実力を見込んで云う!未来のためにその力を使え、我らは共に戦うべきではないのかっ!」
「勧誘か?」
「勧誘だっ!」
「石山の方が金を出してくれる。それだけやっ。どう生きようが、俺らの勝手や、首領の着く方に味方する。口出しすんなっ。いらつくなぁ」
「そんな軽い理由で、命を使うのか」
「はぁあ?」
「ちょい待ち。織田の下にって、将軍様の幕府は?」
孫一が、奴の本心は何処にあるのかと、賦秀の言いまわし方に興味をもつ。
「面倒やから、相手すんなや」
「いや、面白いやないか」
「敵との対話は、必要ないやん」
勇士っぽい鯰尾に興味がわいて思わず魔が差したと反省する孫市。
「いやいや、俺が聞きたいねん。阿保みたいに話通じんのか」
「なんやと、誰が阿保やねん。やるんか」
突如内輪もめを始めた二人に、馬鹿にされたと感じた賦秀。
「おいっ、無視するなよ!」
「織田の新手出現!!」
京橋口の物見櫓から、物見の大声が響き渡り、敵味方が一斉に物見が指さす戦場の先を振り返る。
「あの旗印、森だ!」
「織田家の猛将で有名な、とんがりの森だ」
兜の頭頂が異様に天上へと伸びて槍先の様になっているのが森家の大将の目印であることは有名で、通称「とんがり*」と呼ばれる。(*フィクションです)
雑賀傭兵軍の首領:鈴木佐大夫重意が、撤退の花火を打ち上げを命じる。
「森軍が来た、京橋の橋板を外して退くぞ! 一旦本山まで退け!」
森軍と云えば、今までの実績から織田家の中でも柴田と並んで畿内でも有名だ。
軍団の中でも精鋭中の精鋭と世間では考えられている。
紀州雑賀の傭兵部隊は、契約任務の成果を上げるのが目的で、自軍を消耗し続けてまでの勝利への拘りは薄く、大損害を被る前に退くのが常だ。本願寺方に寝返ったことで元々の目的は達し、お金は動いている。
「命、大事に。 なっ」
それは蒲生に対して発した言葉なのか、森に対してなのかでは定かではない。
去り際に重意がニヤリと笑って織田軍を一瞥し、石山御坊に撤収する。
「今は此処までや! ほな、またな。鯰尾!」
「嗚呼、また相まみえん。こちらに降っても良いぞ」
「ふん。金を積んでからいえ(笑」
鉄砲を担ぎ、他の一揆衆の引き上げを確認しながら二人は撤退していった。
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