40話:冬と桜
夜、濃御殿の風呂場。桜が冬姫の湯の世話をしている。
「冬姫様、お湯かげんは宜しいですか」
「ありがとう、ちょうどいいですよ」
湯の中で背筋を大きく伸ばす冬姫。
「そういえば、兄上様が旅に出るそうですね」外で焚火の様子をみる桜と、窓越しに話す冬姫。
「はい」
「今度は於勝殿と於八殿の二人に、新たに池田九郎丸殿が加わるそうですよ。桜はどうするの?」
「私も、御供いたします」
冬姫はため息をひとつつく。
「菩提の種、ですね(わかってはいるのだけれども)」
しばらく思案して、
「桜、お願いがあるのですが」
「はい」
「こちらにきて、一緒に入りませんか」
「え?」
突然の言葉に、桜は戸惑ってしまう。
「お願いです、一緒に入りましょう」と冬姫はなかば強引に桜を風呂場へ誘う。
桜は仕方なく脱衣場に回り、支度をして中へ入った。振り返った冬姫は、湯に浸かっているために頬がほんのりと色づいている。
桜は風呂場をぐるりと見渡し、その広さに驚いた。濃姫家族の風呂に入るのは初めてなので、その豪華さに改めて驚く。
「失礼します」
桜は一礼をしてから入り、湯に身をゆだねる。冬姫の前ではあるが、温かい湯に体がほぐされ、ふーっと息をつく。
「父上様が、とてもお風呂が好きなので、素晴らしいお風呂を頂いてます」
話を聞いた桜は、遠くで見ただけの信長の姿を思い出す。
「琵琶湖に浮かべる船にも、絶対お風呂を造ると言っているの」
「船、にもですか?」桜には船の大きさの想像がつかなければ、それに造られる風呂場の大きさの想像もつかないため、信長の発想力にはいつも驚かされてばかりだ。桜は冬姫から信長の裏話を聞ける事が何よりも嬉しかった。自分の知らないことを知ることができるからだ。
「船が完成したら、また一緒に船のお風呂に入りましょうね」
「はい、ありがとうございます」
冬姫の言葉に、桜は素直に答えることができた。湯に浸かることで、心もほぐれていくのを改めて実感する。
「あのね、桜、もうひとつお願いがあるの」
冬姫は、真剣な表情で桜を見つめる。
「なんでしょう」
「旅から戻ったら、兄上様たちとのことを私に語ってくれませんか」
冬姫の申し出に、きょとんとする桜。
「於八様が、記録を付けておられましたが」
「記録ではなく、もっと詳しいことを知りたいのです」
冬姫は桜の手を取り、「お願いです」ともう一度言う。
「あの失礼ですが、なぜそこまで知りたいのでしょうか?」
桜には冬姫の意図がわからなかった。
「私も男の子に生まれたかったし、自由に旅をしたかった。なによりも、兄上様と旅がしたかった。
私は、貴方たちが羨ましいのです」
冬姫の目には今にも溢れ出しそうなほどの涙が溜まっている。桜は冬姫の目を見つめ、手を握り返す。
「わかりました。私が冬姫様の目となり耳となります。そして、旅から戻りましたら、必ずお話しいたします」
隠密と織田家の姫では立場は違うが、戦国の世に生まれ自由には生きれぬ女の定めは同じなのだと、桜は思った。そして同世代の女子として、冬姫を笑顔にしてあげたいと思うのだった。
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