4部:ハルニレの茶屋
東美濃へと向かう馬上。
鶴千代はふと、冬姫との年齢差が気になり、隣の於勝に聞いてみた。
「於勝、お前は冬姫と同じ干支だよな?」
「なんだよ、うらやましいのか?!」
と歳上の鶴千代に向かって、乱暴な物言いの於勝。
「にくたらしい奴だなあ!」
鶴千代のこめかみがピクピクと動く。
一触即発、二人から殺気に近いものが漂う。
「しかし!姫は若に瓜二つで御座るな」
二人の話題を切り変える於八。
さすが年長の於八だと思う奇妙丸。
「冬姫なら男姿でもかまいません!」
冬姫の男装に興味の移る於勝、
「なにがよ!」と鶴千代。
調子に乗った於勝がせがむ。
「殿、女装してみて下さいよー」
http://17453.mitemin.net/i185657/ 森於勝のイメージ
「げ!」
と女装に抵抗のある奇妙丸。
「うんうん、面白そうだ」
冬姫様に似ているのならば是非と、奇妙丸の女装姿を見てみたくなる鶴千代。
「やだよー」
一応、若様なので、誰もこれ以上の無理強いはしないが、煽てればそのうち、一発芸でやってくれそうだ。
三人は冬姫に思いを馳せる。
「それにしても、“鶴千代様” かぁ。よい声だったなあ」
「〝於八様” 」妄想する於八、
於勝も突然静かになったので、振り返る奇妙丸。
・・・・。
冬姫の笑顔を想像して、呆ける三人。
「お前ら!集中しないと、馬から落ちるぞ!」
ハッ!
となった三人は、気を引き締め治して馬に鞭を入れた。
岐阜城からは5里(20キロ)ほどで多治見村に入ることになる。歩いて行けば半日がかりだ。
多治見領は美濃のはずれにあり、尾張犬山城や品野城とも近い。
「今から遡る事、約240年前の後醍醐天皇の御世だ。
後醍醐天皇は密に鎌倉幕府の倒幕を計画した。
天皇方の武士に、古くは源氏に繋がる土岐家の土岐伯耆十郎頼定と、その一族の多治見国長がいたんだ。
しかし統幕計画は六波羅探題に事前に漏れ、
国長は京都錦小路にて討死した」
〝うんちく”あまりに興味がないのか、無反応な於勝。
「さすが若ですな!よく覚えておられる」と感心する於八。
http://17453.mitemin.net/i185562/
「丹羽五郎左殿のご講義で勉強したからな」
「さっすが、長秀さま」と教育係の長秀を讃える鶴千代。
織田家の家老・丹羽長秀殿は、只者ではない!と一目置いている鶴千代である。
「多治見までは、あと三里というところでしょうか」
「馬をとばすぞ!」
一斉に愛馬に気合をいれて速度を上げた。
「あそこに茶屋があるぞ!」
目ざとい於勝が声をかける。
「休憩がてら、ここで情報収集しよう!」
奇妙丸も小腹がすいていた。
木曽川の支流を越える場所に、
遠くからでも目印となる大きなハルニレの木があり。
この大木の下に店を構えて、街道の中でもひと際繁盛している茶屋をみつけた。
「ここの饅頭はいけるな!」本能のままがっつくの於勝の感想である。
「ありがとうございます」と店主。
「そこなひと」鶴千代が、隣で食事する旅の身なりの一家に声をかけた。
「少しお尋ねしたい儀があるのだが」
「我々は多治見を抜けて、三河設楽村に向かうものだが」
一家の旦那らしき人物が答える。
「関所がなくなって三河まで行きやすくすくなりましたなぁ」
「うむ」
この感想に満足げな奇妙丸。
「私たちは菅沼から岐阜の親戚の家に参る所です」
「おお、われらがこれから通るところだ」
「ところで、この先の多治見村周辺で怪異なことが起きていると小耳にはさんだのだが、なにか聞きましたか」於八が続く。
「なんでも、多治見城周辺の村々で、神隠しが多発しているそうです」
「神隠し・・」
「残された、ご家族の落ち込み用はひどいもので。御領主様が心配して、身重の者は各村の菩提寺に集まって暮らすようにと集められたそうなんだが」
「ほうほう」
「多治見村では、よりによって寺に集まった人が集団神隠しにあったそうじゃ」
「ふ~む、集団でいなくなると」
集団失踪とは、おかしな話だ。
「三河より先は今、今川様を潰そうと武田勢も来ていますので、道中お気を付け下さい。今川氏真殿はたまらず遠江国の掛川城まで落ちられた様子」
有益な情報を貰い、旦那にお礼する奇妙丸。
「忠告ありがとうございます」
於勝の腹の満たされるのを待って騎乗の人となる。
「鶴千代、どう思う?」
「お寺と言えば、このところ、近江の方で一揆の動向が妙に静かなのです」
於八も情報を持っている。
「これは加賀方面の話ですが、簗田殿曰く、なんでも、あれだけ続いていた朝倉家と本願寺の抗争が、今年に入ってからパタリと止んだ様子」
「講和が近いのか」
信長に従って上洛中の父・森可成の事を案じる於勝。
「我らの生まれる前から、長く一向一揆と戦ってきた朝倉が、なぜ今になって講和なのだろうな?」
しばらくの沈黙のあと、
「当家と朝倉の関係は決してよくはありませぬ。悪い予感がしますな」
於八が不安気に応える。
今は目の前の課題を解決しよう。
「いざゆこう!」
奇妙丸が皆の不安を振り切るように声を上げた。
「承知!わが君 ×3」
奇妙丸に引っ張られて三騎が駆けだした。