39部:池田家
信長は尾張にいる家臣たちに岐阜城下に移住するように指示を出しているが、幾度の戦乱で破壊された区画が多く、住居の戸数が足りていない。そのため今でも新たに屋敷が普請されている。その中でも池田家の屋敷は、信長乳兄弟の信任もあって城から近い一等地の場所を与えられている。
池田家は立派な門構えの武家屋敷だ。旧斎藤家の重臣の屋敷を改装したものだろう。
「御免下さい」と外門で到着を告げる奇妙丸。
「御免 ×2」と於勝・於八の二人も続けて門内に入る。
早速、池田九郎丸と生駒三吉が出迎えに来る。父・恒興は信長に従い遠征中なので、現在の主人は九郎丸だ。
「若、屋敷に来て頂いて当家の誉れにございます。それに福男の御二方にも来ていただけるとは、なんと福福しい」
とにこやかに外門から石畳をぬけて主屋敷の入口へと案内する九郎丸。
「次の機会には生駒家にもお越し下さい」と三吉も忘れない。
「領土がニ国に広がった今では、一族でもお正月くらいにしか会わないから、岐阜城近くに縁のある者が居てくれるのは嬉しいよ」
「奇妙丸様、信長様と我が父は苦楽を共にして育ったと聞きます。これからは池田家を我が家の様に思ってお越しください」
二人の会話を聞いていた於八は、奇妙丸の乳兄弟として、信長と九郎丸の父・恒興のように、奇妙丸と苦楽を共にし支えて生きて行きたいと思った。
玄関で履き物を脱いでいるとそこへ丁度、城の奉公を終えたお仙とお久の双子姉妹が帰ってきた。
「ただいま戻りました、兄上、お客様ですか」
「若様と福男のお二人だ」
「まあ」珍しい来客に盛り上がる二人。
「私の妹、お仙に、お久です」
「お初にお目にかかります若、お仙です」
「お久と申します」と同じような声の二人の輪唱に驚く。実にそっくりだ。
「奇妙丸に御座る」
「お供の梶原於八です」
「有名な福男さんですね」
「お供の森於勝です」
「あの時のかっこいいお方」とお仙。
「素敵でしたよ」とお久。
(やはり俺は人気者だな、この賞賛がまた聞きたかったのだ)とお仙とお久の言葉に於勝は満足気だ。
「池田姉妹は私の旗本衆に加えてあげよう」と於勝は気を良くして言う。
九郎丸は妹たちと於勝のやり取りに思わずずっこける。
「大丈夫か、九郎丸」と三吉は九郎丸を支えた。
http://17453.mitemin.net/i186819/
<池田九郎丸、のち正九郎之助>
「よくできた妹さん達じゃないか、俺は池田家を気に入った」と少し調子に乗る於勝。
「はいはい ×2」また於勝の悪乗りが始まったと、奇妙丸と於八は静止する。
「あ、では玄関で立ち話もなんですので、中にお入りください」と九郎丸は気を取り直して中へと誘った。
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応接の間。
「実はお久殿、お仙殿、若から大事なお話があるのだ」と三吉。生真面目な三吉は、当初目的を忘れていない。
「では、若」と九郎丸は奇妙丸を振り返る。
奇妙丸は改まって居住まいを正すが、皆の視線が一身に集まり、変に緊張してしまう。
「それではお二方にお聞きします。女性はどんなお手紙を男性からいただけば嬉しいですか? 匿名希望14歳。 追伸:お互いまだ会ったことがありません」
(掲示板のようになっている)と一同が心の中でつっこんだ。
「若は照れて冗談っぽくおっしゃっていますが、真剣に悩んでおられるのです。しかも、怖いお父さんに先に手紙を読まれてしまう可能性が高いです」と生駒三吉は補足する。
「幽霊代筆者希望という感じですね」と於八がさらに補足をする。
於八と三吉は奇妙丸と年齢が近いこともあり、奇妙丸の複雑な心境にも誰よりも理解力があると自負している。
相談を受けた双子は、しばらく思案する。
それを見守る五人組。
「自分の素直な気持ちを書いてみてはどうでしょうか。筆不精な男の人から頂く手紙は嬉しいものですよ」とお久。
「素直な気持ち・・・」
於勝、於八も考え込む。
「筆をもって文机にむかうと、自然と言葉は紡がれていくと思います」
「なるほど」と三吉は頷いた。
「では、贈り物はなにが良いと思いますか」と丁寧に聞く奇妙丸。
「そうですね、相手の立場にたって、使って喜ぶ姿を想像できるものが良いのではないでしょうか」とお仙。
「私たちは鉄砲とか、最新武器が好きです。ね、お久」
「ええ、あの重みがたまりません」少し照れながらお久が答える。
(女の子なのに、意外だな)と於八が驚いた。
皆の奇妙な視線に気づいたお久は、少し恥ずかしそうに打ち明けた。
「実は、お兄様が父上から頂いた「備前大包平」を見せて頂いたときに、その輝きに魅せられまして・・」
「三吉殿の「備中長船長義」も負けず劣らずの素晴らしさですよ」とお仙。
武具に魅せられた池田姉妹は、以来武具の観察に目覚め、今では南蛮渡来の鉄砲をもらっても嬉しいようだ。
「相手の立場に・・・」奇妙丸が瞼をとじ想像する。
「松姫はどのようなところにお暮しなのだろうな」と於勝。
「甲斐の国、信濃の国」と九郎丸も他国の事を考える。
「行ったこともないし、松姫とも一度会ってみたいものだ」と奇妙丸はつぶやく。
「それは厳しいですね」と於八。
「しかし、素直な想いを届ける為には、姫の居る国を見なければ。せめて、信濃国を見渡せる東美濃の国境近くまで行けたらなあ・・」
しばらく思案していた奇妙丸が、決意の表情に変わった。心に決めるものがあったようだ。
「木曽川を登って行けば、信濃国に辿り着くよな」と視線を天に向ける奇妙丸。
「そういえば、恵那山からは、遠くに富士を見る事もできるとか。信濃を一望できるのではないでしょうか」と於勝が付け足す。父・森可成から聞いたのだ。
「承久の乱で、鎌倉幕府軍大将・武田信光の中仙道軍5万が進んだ進路を逆に行くわけだ」と奇妙丸。甲斐への交通路を思い描いているようだ。
「武田軍は今、今川氏真殿が遠江掛川城に逃げ込まれたので、駿河を制圧した勢いで遠江の徳川軍と対峙しています。しかし、駿河を獲られて関東小田原の北条家がとても怒っているそうですから、北条氏康殿との戦いに備えて、武田側もこちらとは和平を望んでいるはずです」と、最近まで信長の側に仕えていた九郎丸と三吉は世情に詳しい。
「それに、跡取りの武田義信殿が、駿河侵攻に反対したために幽閉され、武田家臣団が分裂の危機を迎えているともいわれています」
「今が丁度、武田家の混乱に乗じることができ、偵察をするのに適した時期かもしれません」と於八は奇妙丸を見る。
「我らも御供いたします」と於勝。
「私も、御供します」と九郎丸。
「では、三吉が私の代行をしてくれるか」と岐阜の守りも心配なので留守居の件を確認する。
奇妙丸の言葉に、三吉は大きく頷いた。
「では支度を整え、明朝、東美濃へ向かう。皆よろしく頼むぞ」
初任務に、三吉はもちろん異議はない。奇妙丸の信頼を勝ち得るため立派に代行を勤めようと心に誓う。
「承知いたしました、我が君! ×4」
その様子を微笑ましくみる池田姉妹だった。
「これから夕餉を用意いたしますので、どうぞ召し上がって行って下さい」とお仙。
慌てて準備に立つお久。
新たなる旅に向けての結団式である。
(桜も呼べばよかったな)と、ふと冬姫に連れて行かれた桜を思う奇妙丸だった。
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