38部:冬姫会
その頃、奥御殿〈冬姫の間〉では、冬姫が池田九郎丸の妹たちを部屋に呼び、姉妹の色々な事を聞いていた。
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「お仙とお久はどこで暮らしていたの?」と冬姫の質問。
「信長様の乳母うばを務めていました於乳様の居る、養徳院のもとで暮らしておりました」
「昔、父上様は沢山の乳母様たちのお乳を噛み破って大変だったそうですね於乳様から聞いていますか」と冬姫。
「はい、皆様大変な目にあったと、しかし於乳様の時だけは、信長様はたいそうご機嫌で、おいしそうに飲んで下さったと」
「子育て、想像つかないわ」
「「私たちもです」」唱和する双子姉妹。
(父上様は小さい頃からなにか違うのね)冬姫も父・信長は普通の人とはどこか違う存在だと思う。
「そうだ、今日は貴方達にも紹介したい女の子を呼んでいたの」
「ちょっと待っていてね」と冬姫が席をはずす。
桜が奥庭の花の手入れが終わった頃なので、迎えにゆく約束をしていたのだ。
冬姫が桜を連れて部屋に戻ってきた。
「失礼します」桜が膝をついて一礼をして入ってきた。池田の双子姉妹とは初対面だ。
「この女の子は、兄上様直属の御庭番衆の方の妹さんなの、桜さんも忍術が出来るのよ」と紹介する冬姫。
「伴ノ桜です。よろしくお願いします」礼儀正しくお辞儀をする。
「こちらは、兄上様の傍衆・池田九郎丸殿の妹のお仙さんと、お久さんよ」
「よろしく桜さん」と二人が唱和した。
姉妹は服の色や櫛・簪、髪型をあえて違うようにしているが、声も姿も非常によく似ているのでどちらがお仙で、どちらがお久かは見分けがつきにくそうだ。
「確か親戚の、瀧川様のご先祖は伴の血に連なるとおっしゃってましたから、私たちともご先祖に繋がりがあるかもしれませんね」とお仙。
「同じように織田家にお仕えするとは不思議な縁ですね」お久も運命らしきものを感じる。
冬姫にとっても、ここに居る一同が織田・池田・伴に繋がる縁が確認できたようで親しみを感じ、うれしい。
「なんだか一気に距離が近くなったみたい」冬姫が微笑んだ。
「奥御殿のお仕事、一緒に頑張りましょうね」と二人の唱和に圧倒される桜。
「よろしくお願いします」男兄弟の中で育ったので少し気恥ずかしい桜だった。
「皆、歳も近いみたいだし、お友達として仲良くしてね」と冬姫の宣言。それから改めてお茶やお菓子を用意して、年齢を確かめ合ったり、得意なものなどを聞いたり、お仙とお久の見分け方を本人たちに聞いて、お仙・お久当て遊び等をして時間が過ぎて行くのだった。
これ以降、冬姫の間で、四人が集まることが増えていく。
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奥御殿、奇妙丸の間。
夕刻になり、紫直垂ひたたれに着替える。
これなら、街中を歩いていても、奇妙丸と気付く人はいない。
岐阜御殿の裏木戸から、武家屋敷地に向かおうとする奇妙丸。
しかし、裏木戸には、福男人気で町娘に追われる於八と於勝が、
人目を避けて裏木戸から出ようとする処だった。
「若、そんな恰好をして、どちらへ」と於勝。
二人にはいつもの見慣れた奇妙丸である。
「これから、池田の屋敷を訪ねようと思って」と奇妙丸。
「新参者ではありませんか、しかも若のお目付け役、信用できるのですか」
どうやら於八は、新参の生駒・池田を得体のしれない奴と快くは思っていない様だ。
「池田・生駒は血の近いものだし大丈夫だと思うが」と奇妙丸。
「私も、池田達は嫌いじゃないです」と於勝は二人を擁護した。
於勝の態度に納得のいかない於八は、少しむくれて於勝を見た。
「それでは、私も御供します」
新参者から、下手に奇妙丸の事を信長様に報告されても困るので、於八は半ば強引に同伴を申し出た。
「え、いや、私一人で大丈夫だが」
「いえ、いくら変装をしているとはいえ、若の身に何かあっては大変ですから」
「それならば、於八一人では若の御供には心細いので、俺もご一緒します」と於勝は於八の申し出に便乗して言う。奇妙丸の御供と口では言いつつ、於勝の心の中には自分を称賛してくれた池田家の双子姉妹にもう一度会えるという気持ちも少なからずあった。
「さあ、行きましょう」
そう言うと於勝は張り切って歩き出した。
「さあ若、参りましょう」
妙に張り切る於勝と、妙に警戒する於八。いつもとは少し違う二人と共に、奇妙丸は不安になりながらも共に池田家へと向かった。
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