37部:生駒三吉
「尚武祭り」が終わり、武田松姫との交際に悩む奇妙丸。梶原於八(のちの団忠正)、森於勝(森長可)のコンビに、生駒三吉(一正)、池田九郎丸(之助)という新たな仲間を加えて、東美濃に向けて新しい旅が始まります。
岐阜城本丸、物見楼閣。
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奇妙丸は、楼閣最上階の欄干から岐阜城下を見下ろしていた。
「若、どうなさいましたか」落ちないかと心配する生駒三吉。
「三吉か」と振り返る。
生駒家が織田家臣に本格的に組み込まれたのは永禄10年(1567)「美濃侵攻」の頃である。生駒三吉は、信長の母・土田御前の甥・生駒(土田)親正の息子だ。血縁関係の近い事もあり信長の側衆として取り立てられていた。奇妙丸は尾張の生駒屋敷から、小牧山城に移り、次には岐阜城へと移り住んだので、生駒屋敷の頃の記憶はあまり残っていない。
三吉は、土田家の生まれで、奇妙丸とは入れ違うように生駒家から父の親正が養子に請われ、生駒家入りしたのに付いてきた、そして人質として信長の小姓衆に入り、切磋琢磨していたので、ほとんど奇妙丸との接点がない。生駒家は奇妙丸の母・生駒殿の生家でもあり、血縁的にはかなり近い存在ではあるが、話したことのないという微妙な距離感にある。
「若は、何かお悩み事でも?」と三吉が先に問いかけた。
「実は、武田松姫殿への手紙に何を書いて良いのか、わからんのだ」
「信長様の課題ですね、それは重大問題でございますぞ」
「だから困っているのだよ」
「しかし、松姫様への手紙とはいえ、必ず父君の入道信玄斎殿が先に目をお通しになるはず」
「是非もない」(ついつい父の口癖が、ふいに出てしまった。そうだ三吉とも早く信頼関係が築けるように、ここは笑いをとってみよう。三吉は長年父上の小姓だから口癖がわかるだろう)
「高い壁ですね」
「である」次はわざと続けてみた
(若は突然どうしたのだろう?)訝しむ三吉。
「真面目に考えていますか?」と奇妙丸に問いただしてみた。
「大真面目である!」(父上は、この言葉は言わないかもしれない)
胸を張って答えた奇妙丸だが、やはり信長ほどの威圧感はないので受け流す三吉。
「そうですか、私は女子への文に疎いので、池田に相談して参っても良いでしょうか」
「うむ」(三吉と冗談を言い合えるようになりたかったが、早かった様だな)
一礼して、そそくさと去ってゆく生駒三吉。
三吉は生真面目な性質なのだろう。
再び一人になった奇妙丸は、岐阜城下を見下ろし、先日の“尚武祭り”の時の冬姫と桜のやりとりを思い出していた。
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http://17453.mitemin.net/i186818/ <生駒三吉>
岐阜城本丸。
「つまりこうだな、若は女心を掴む書の書き方を知っている者はおらぬかと」
生駒三吉の相談相手は、ほぼ同級の池田九郎丸。織田信長の乳兄弟・池田恒興殿の嫡男だ。父・恒興は信長の全ての合戦に参加している強者である。父・恒興の望みで信長の小姓衆に加わったが、先の事を考えた信長が嫡男・奇妙丸の小姓としたのだろう。
「いい案があるか?若が重度にお悩みなのだ」
「私には双子の妹がいるから、私に任せなさい」と自信ありげな九郎丸。
「おお心強い」九郎丸に相談して良かったと思う三吉。若の悩みを解決できそうだと、早速二人で若に会いにゆく。
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「若、失礼いたします」
「よいぞ」奇妙丸は岐阜城台所奉行からの収支報告書に目を通していた。
「二人で若のお悩みに答えを見つけようと参上いたしました」
「有り難う」
「私と生駒三吉はご上洛前からお殿様(信長)の小姓に上がらせてもらいましたので、若とは、すれ違うばかりでした」と池田九郎丸。
生駒三吉が続ける。
「ここで若の身辺に配属させて頂いたことは、生駒・池田家は若をお支えせよとの御心かと思われます。我ら信長様にお仕えする事と同じ気持ちで、若にお仕え致しまする」
「若のお悩み、どうぞ我らに安心して打ち明け下さいませ」と二人揃ってお辞儀をした。
「有り難う。面を上げてくれ」二人の傍に近寄り肩に手を置く奇妙丸。
「私も、そなた等を身内同然に思っているからなんなりと言ってくれ」
「はっ」と九郎丸と三吉。
「では先程、三吉にも相談したのだが、松姫の父・武田入道信玄斎殿の度肝を抜くような手紙と、贈り物を教えてほしい」
(奇妙丸の中では “信玄公を驚かさねばならない”というところまで贈り物の敷居がどんどん高くなって来ているようだ)
「若、残念ながら、信玄公の度肝を抜くものは、この九郎丸も想像できませぬ」
「私も思い浮かびませぬ」と三吉。
九郎丸が最初に三吉から若のお悩みとして尋ねられた問題に戻る。
「問題は一つずつ解決致しましょう。若、まず松姫へのお手紙をなんとかいたしましょう」
「出来るのか」と驚く三吉と奇妙丸。
「私には双子の妹がございます」と切り出す九郎丸。
「私にも妹がいるが、最近は気分屋なのでな」(桜の事も思い出したが、桜も恋愛などまだというか、自分に近いと思う)
「私の妹が、源氏物語や万葉集の恋歌に通じておりまして」九郎丸は妹の実力をかっている。
「おお」恋愛文学の代名詞に通じていることに奇妙丸の期待は高まる。
「冬姫様の御傍にあがらせてもらった私の妹達に話を聞けば、女心を掴む手紙を作成できるかと、今丁度お館内に来ております」
「ふ、冬姫のところか、そこへはちょっとこの件で今は会いにゆけぬ。別の場所で相談はできぬか」
「それでは若、一度城下の武家屋敷町の池田家まで、お越しいただけませんでしょうか」と九郎丸。
「しかし、そのお姿では目立ってしまいますね」と三吉。
「変装して来ていただけますか」
「うむ。変装ならまかせよ」と外出に乗り気な奇妙丸だった。
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