36部:お焚火焼き
日も暮れはじめた岐阜城下。
最後にすべてを燃やし清める長良川の河原“お焚火焼き”が始まる。
民衆の持ち込んだ祭りの廃棄道具、持ちかえると荷物になる屑ものや、
屋台で出た塵芥。長良川の流れに乗って運ばれてきた流木などの塵芥。
祭りで使った余材を、一晩かけて全て燃やしてしまう大規模な“お焚火”だ。
織田一族は館に戻り、居館郭の庭先にある長良川の河原が一望できる観覧台近くで“お焚火”を行っていた。
奇妙丸、茶筅丸は傍衆たちが燃やしている“お焚火”の火を並んで見ていた。
「負けてしまいました」と悔しげな表情の茶筅丸。
「中々の接戦だったよ」と返す奇妙丸。本当に参ったという表情の奇妙丸。
(兄上をけっこうはらはらさせられたようだ)差を詰めた気がしてうれしくなる。
「はい、今日は盛り上がりましたね」
茶筅丸は民衆の歓声を思い出し微笑む。
「美濃の民衆のいい息抜きになったんじゃないだろうか」と奇妙丸も今日の歓声を思い出す。
「そうですね」余韻を噛みしめる兄弟。
「祭りを演出した、お主の才覚、素晴らしかったぞ」と茶筅丸の仕切りを思い出した奇妙丸。
「おお、兄上に認めて頂いた」と兄の言葉に達成感を感じる茶筅丸。
「うむ、わしはしっかりとお主に一目置いておるぞ」自分の言葉にうんうんと頷く奇妙丸。
「有難き幸せ」兄からの信頼の眼差しが嬉しい。
「父上から使者が来たのだが、今川氏真殿はいよいよ掛川城の一城のみに追い詰められた様だ。伊勢の木造具政殿も織田家に味方すると方針を固められたらしい。父上は伊勢へ、母上は三河の五徳姫を訪ねてから帰られるとのことだ。我ら岐阜をしっかり守らねばならぬ。これからも、支えてくれよな」
「ええ、お任せください」屈託のない笑顔だ。
「お主が私の弟で良かった」心からでた言葉だ。
「私も兄上様がいて良かったと思っております」茶筅丸は、兄が父との間の緩衝剤になってくれることが嬉しい。もし自分が兄の立場にいたらと思うとぞっとする。
「それでは、私はまた街中を見回って来たいと思います」民衆の評価が気になるので生の声を聞きたい茶筅丸。
「よろしく頼む」奇妙丸は、お焚火の後始末も任せたつもりでいる。
茶筅丸とその側衆達が去って行き、奇妙丸の側衆達が塵芥を焚火に放り込んでいる。
火明りに照らされて、影の方にいる桜が見えたので、今日の仕事を労おうと話しかけた。
「桜、今日は冬姫の護衛をありがとう」
「任務ですから」
「外の屋台では珍しい食べものも売っているから、あとで見て回ると良いよ」
「はい、ありがとうございます。でも、兄たちはお城の警護をしていますし、ひとりより・・・」
「どうした?」
「できれば皆で回りたいですね」
(桜が私たちを仲間と思ってくれているのだな)
「福男の於勝と於八は、今宵は岐阜の各商屋、農家、民家に呼ばれ戻れないだろうね」と奇妙丸。
他の選抜傍衆の五名も西美濃勝利組の福男として、岐阜城下の各家を連れまわされ酒樽を割る仕事が待っている。明日は疲労でお城勤めは無理だろう。
そこへ冬姫が、やって来た。
「兄上様そちらは」
「御庭番の桜だよ」
「母上のおっしゃられていた、可愛い御庭番さんの方ですね」
(わたしが、可愛い?)
「桜が困ってるじゃないか」と奇妙丸が割って入った。
「挨拶が遅れました、桜と申します」
「今日は冬姫の護衛もお願いしていたのだ、民衆に混ぎれて様子を見ててくれた」
「それは気付かなかったです。ありがとう」
「隠密の任務ですから」
桜は冬姫の存在をまぶしく感じる。
生まれながらにして織田家の姫として育ち、将来は王侯に嫁ぐ高貴な女性だ。
冬姫には自分はどう見えているのだろうと思う。
「今度、私の部屋でお話しましょう」と冬姫が言いだした。
「そんな、私ごときが」と遠慮しようとする桜。
冬姫は素早く桜の手を掴んだ。
「桜を借ります。よろしいですか」と奇妙丸に許可をもらう冬姫。
どうやら冬姫は、桜に興味を抱いたようだ。
「桜がいいなら」と奇妙丸。
「はい」と返事するしかない桜である。
(冬姫様と何を御話しすればいいのだろう)
「じゃあ、今度私のお部屋に呼びますね」と約束の指切りをした冬姫だった。
*****
次の日の尾張国清州城主殿。
「殿、失礼します、池田・生駒の両名より連絡があります」と書状を差し出す万見仙千代。
「ふむ。・・・・・であるか」
「茶筅丸が滞りなく“尚武しょうぶ祭り”をやり遂げたそうじゃ」手紙を畳みながら仙千代に戻す信長。
仙千代が一礼して退出する。
仙千代が襖ふすま戸を閉じてから、
「あの子も、信長様の才能を継いでおります。やれば出来る子ですから」と奇蝶御前。
「ふむ、面白いかもしれんな」と、奇蝶が好んでいるという“尾張の銘菓”を味わいながら、何か思案する信長だった。
第6話 完
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また来週!




