35部:伊奈波神社
休憩が終わり、競技再開を知らせるホラ貝が鳴りひびく。
「参番勝~負、早や駆け福男競技ぃ!」
ドン、ドン、ドンと再び大太鼓が連打される。
「伊奈波神社まで駆けて、本殿前の奥の鳥居を一番に掛けぬ受けた者が、勝利をもたらす福男だ!」と茶筅丸。「三番競技の二種目に勝利した組が今年の福男組でーす」と補足する。
「これで勝負が決まるな」勝ってくれよと祈る奇妙丸。
民衆もそれぞれの地域が豊作であることを祈り、選抜組を熱く見守っている。
茶筅丸が民衆に対して、改めて選抜者たちを一人ずつ紹介をする。
茶筅丸が布地に筆で描いた名前が、帆のように揚げられてゆく。
選抜者達は足半あしなかの紐を確認し、足元に不具合はないか確かめる。
去年の覇者、堀久太郎が今年は、信長と共に出陣しているため出場していない。
「今年は俺が一番だ」と於勝。
自分が当然勝つと信じこんでいる。
(久太郎秀政と勝負したかったぜ)
去年、惜しくも二位着だったのは実は梶原於八だった。
「於勝、それほど勝負は甘くないぞ」と於八。
紹介が終わり、そして、全員が開始を命じる冬姫の姿を追った。
冬姫は武家屋敷の庭に用意された物見櫓に上がり、合図の準備をする。
檀上で、冬姫は選抜者十四人の顔を見わたした。
一瞬、冬姫と目があったように思えた二人。
(冬姫様、俺、頑張ります。奇妙丸組を勝利させますよ)と於勝。
(冬姫様に男だと認めてもらいたい)と於八。
冬姫が扇を高く掲げる。
ドーーーン!冬姫の合図を見て伴一郎左が空砲を撃った音が鳴り響く。
選抜者達が一斉に、伊奈波神社目掛けて駆けはじめた。
城下町大手道を、選抜十四人が駆ける。
興奮した民衆が前に出ようとするが奇妙丸、茶筅丸の傍衆が綱で押し戻し大通りの通り道を確保する。
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於勝は走った。
(冬姫、俺の全力の走りを見ていてください)
(俺は誰にも負けはしない)
於八は走った。
(冬姫、私は貴方の為なら、どんな苦境にも耐えてみせる)
(ただひたすら、姫の為に)
大手筋を突き抜けて、鳥居を抜ける。
於勝の隣にいるのは於八だ。
「勝たせてもらう」と手を大降りにして押しのけようとする。
「於勝、十年早いわ」と於八が肩をあててきた。
石段の坂道を、3段飛ばしに駆け上がり、更に奥の鳥居を目指す。
於勝が叫ぶ、
「俺の全てを、だしきってやるぜえええええ!」
更に於八が奥の鳥居の中に向かって手を伸ばす。
「とどけっ、私の想いいいいい! 」
於八の指先が、鳥居の下をくぐった。
境内で勝者を持ちかまえる民衆、審判を務める神官、福男を迎える巫女、
誰もが見逃すまいと集中する一瞬の静寂で時間が止まったように思えた。
最後は於八が片手を前に大きく構え、指先の限界まで伸ばした姿勢で突入したため、僅かながらの差が出たのだ。
二番とはいえ激走した姿に多くの歓声で迎えられる於勝。
「勝者!梶原於八! 西美濃の勝利~!」
鳥居の両側に控えた神主達見届け人の判定の旗があがった。
数万の観客が興奮・歓喜の声を上げた。勝敗が決したことが知れ渡る、美濃中にこだますような大歓声である。
「一番は梶原殿―」傍衆たちの伝言連絡の声も歓声にかき消されそうだ。
伝言で茶筅丸に伝えられた者から、帆にかけた名前に到着番号が赤で書かれ、最後の様子が見れなかった民衆が、順位を知らせる名札に盛り上がる。
「流石、先駆けの梶原様」
「於八さんが岐阜一番の福男じゃ~」
「きゃあー、於八さぁーん」
もみくちゃにされる於八。
「来年はもっとでかくなって於八にも負けないぜ」と於勝。
「よし、受けて立つ」と於八。
二人にとっても、心に何かが満たされた「尚武しょうぶ祭り」になった。
全員で、本殿に用意されたお神酒の酒樽神輿をかつぎあげ、冬姫の居る出発場所まで戻る。
神輿には一・二着の福男、於八・於勝が順位の掛かれた大きな団扇をもって乗せられている。
勝利者組の奇妙丸傍衆選抜の他の五名も福男として、町衆に肩車され担がれている。
茶筅丸の選抜組も、健闘を称えられ神社の巫女衆に手厚く介護されている。これから、東美濃豊作の為にお払いの神事を受け、豊作の祈りを捧げなければならない。
広場に着いたところで、お神酒が掲げられ皆に示された、酒樽を割るのは福男の役目だ。
茶筅丸から於八に大きな槌が手渡される。
於八は木槌をふりかぶった。
「せぇーの!」
どーんと勢いよく板が割られ酒渋きが飛び散る。
小姓衆達によって一斉にお神酒が配られた。
「みんな、かっこよかったぞ」と奇妙丸。
「皆様お疲れ様」と冬姫が全員を労う。
冬姫が、於八、於勝の側に来た。
「於勝、頑張りましたね。それに於八、実は凄い男なんじゃの」と心から感心した事を伝えた。
「わーーーーーー、福男さ~~~ん ×娘集団」と黄色い声援だ。
何か言おうとした於勝と於八だったが、民衆が彼らを担ぎ上げて、持って行ってしまった。
「今宵、於八は岐阜一番のモテ男じゃのう」と茶筅丸が呟く。
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