33部:尚武祭り
伊勢出兵で忙しいとはいえ、美濃国の領民のため(主に岐阜城周辺の民衆ではあるが)、今年の豊作を祈願する年中行事は、大名家の仕事として欠かせない。
織田家と美濃の民との距離を近づける、重要な行事だ。
茶筅丸は、その大事な祭りの仕切りを父から委託されたこともあって、大張りきりである。
「これが進行表です。行事の進行順も全て考えてあります」と茶筅丸。
「準備が良いな、では、よろしく頼むぞ」もう進行表まで出来ているのでその気合の入りぶりに驚く奇妙丸。
どうしても、兄に説明したい茶筅丸が表を読み上げる
「一番、長良川船登り競争。
弐番、綱引き大会。
参番、瑞龍寺山伊奈波神社早や駆け詣出、福男任命。福男のお神酒割。
最後にすべてを燃やす、長良川河原、焚火焼きの順番です。
明日、美濃各所の城下に高札を立てます」
「よしなに頼む」と奇妙丸。
(茶筅丸にこれほどの“お祭り男気質”があるとは想定していなかったぞ)
「ふふふふ、そうです。私は連日の搦め手勤務に飽きていたのですよ、兄上」
「な、なるほど」(その反動か)
・・・・・・後に、茶筅丸は〈元祖お祭り男〉信長によりその才を買われ、日本古来の祭りの本場・南伊勢の領主となり、本格的に“お祭り男”として成長してゆく。
「いくぞ、皆の衆!」
「おー」っと返す小姓衆。茶筅丸の小姓衆は想像以上に一致団結しているようだ。
「ぐぬぬ、手強き相手となるやもしれぬ」小姓衆対戦が楽しみな奇妙丸だった。
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五月下旬のある日。
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岐阜城下町にホラ貝の合唱音が響き渡る。
茶筅丸率いるホラ貝部隊の演奏は、まるで戦場にいるかのような豪壮さである。
長良川の堤防土手には観覧用の足場が組まれ、祭り会場全体を見渡せるような物見台もある。
「これよりー、織田家主催、尚武しょうぶ祭りを 開催しまーす」
「わーーーーーーーっ」祭り気分に盛り上がる民衆の声援。
茶筅丸が(静まれ、静まれ)の手振りをする。
「一番競ー技、長良川 船登り競争~!」茶筅丸の宣言の下、
ドン、ドン、ドン、ドンと大太鼓が鳴らされる。空にたなびく「永楽銭」の旗、のぼり。
長良川に二艘にそうのヒラタ船が両岸から伸びる白い縄で繋ぎ止められ、
紅白の縄、幕、提灯ちょうちんで船内が飾られている。
この時の為に用意された、「奇妙丸号」と「茶筅丸号」とに名付けられた船である。
奇妙丸は西美濃方、茶筅丸は東美濃方という分担になって、勝負により両地域でどちらが豊作になるかを占う行事だ。
長良川の両岸に集まった民衆は半被姿に、腹掛けや、余所行きの浴衣、手には団扇や、扇子、金の鳴物、木の鳴物、鳴子、法螺貝を持つものもいる。
思い思い一斉に吹き鳴らし、祭りの開始を盛り上げている。
茶筅丸の方の船乗りは、側衆から佐治八郎(のちの信方)、小坂助六(雄善)、森甚(正成)、
土方彦三(雄久)、小川小伝(長正)、天野笹(雄光)、今枝弥八(重直)の七人が選ばれた。
奇妙丸の方は佐治新太、金森於七、梶原於八、千秋喜丸(季信)、森於九(可政)、森於勝、加賀井弥八(重茂)の代表七人が参加する。
「舵(船尾の櫓ろ)は譲らないぜ」と佐治新太。佐治氏は知多半島に本拠地を持ち、伊勢湾で活躍する海賊衆だ。新たに傍衆に加わった池田九郎丸(之助)の母親も佐治分家出身だ。
船操にかける海賊衆・佐治の血は熱い。
残りの者はひたすら櫂かいを漕ぐ役割だ。
(冬姫にいいとこ、みせるぞっと)於勝が上着を脱いで気合を入れるが、全員ならって脱ぎだした。
長良川の両岸から、西と東の代表を応援する声が聞こえる。現在、縄で繋ぎ止められている場所から、
ここから100m近くを全力で漕ぎ、金華山から対岸にまで張られた綱の下を早く通過した方が勝利だ。
冬姫の合図で、伴一郎佐が空砲を討つと競技の開始である。
婚約者が出来たとはいえ、美濃での冬姫人気は絶大だ。
「ふー ゆー ひー めー 」朝から出待ちをしている約二万人の民衆の声援を受ける。
岐阜と近隣から訪れた民衆で河原は一杯である。時間を経れば更に人数が増えそうだ。
土手の見晴らしの良い所から歓声に応える冬姫。
日の丸の扇を取り出し、天高くに掲げる。
いよいよ、出発だ。
ドーーーーーン!号砲が鳴る。
船を固定していた綱が両岸から離され、両者一斉に飛び出す。東・西の民衆はそれぞれに大盛り上がりだ。
日頃から剣の鍛練を積む若衆だ、大胸筋、三角筋、上腕二頭筋、広背筋の動きが逞しい。
みるみる間に、長良川の流水をものともせず、船が突き進んでゆく。
「西にし!」約一万人の西美濃応援団の声援。
長良川の両岸から声援が送られる。
「東ひがし!」約一万人の東美濃応援団の声援。
歓声を背に受け、両船ともほぼ併走状態で縄まで来ている。
「ふんばれー!」と「茶筅丸号」を鼓舞する佐治八郎、
「いっぱーつ!」と「奇妙丸号」の佐治新太。
「うおおおおおおお!冬姫ー!」と勝蔵渾身の最後のひと漕ぎ。
「奇妙丸号」が波を蹴って縄をかいくぐる。
決着がついたので、終了を知らせる爆竹が
パン、パン、パンと景気よく鳴らされた。
勝蔵の気合が乗り移ったのか奇妙丸号が船先ひとつの差で勝利した。
「わああああ~ 」約三万人の盛り上がる岐阜町民と近隣民衆。
「次行ってみよう! 次!」と僅差の敗北に面白くない茶筅丸である。
(茶筅丸って、こんな性格だったっけ?)と成長(変貌?)ぶりに驚く奇妙丸だった。
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