30部:変装
夕刻の濃御殿にて、冬姫様が奥庭でお待ちしていると、於勝は庭に呼び出された。
庭には誰も入って来ないように伴たち御庭番が警護をしているので、奇妙丸の変装姿は誰にもばれてはいない。
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「冬姫様、お待たせいたしました。何の御用でございましょうか」
慌てて駆け付けた於勝は、呼吸も整わぬうちに尋ねる。
「用とは、あなたのことです、於勝様」
冬姫に変装をした奇妙丸は、声も真似て、すっかり冬姫になりきっている。
「私、ですか?」
「はい、於勝様に元気がないと聞きました。どうか、元気を出して下さりませ」と心配げに顔を見上げる。
「冬姫様、私は、鶴千代との婚約が突然決まってしまい、気がおかしくなりそうなのです」と何かに耐えるようにうつむく於勝。
「どうしてなのですか」と於勝との距離を縮め、顔を覗き込む。
そして、於勝の手に自分の手をそっと添え、優しく包み込む。
「どうか、気を落とさないでください。どうか、私のことを見守ってください」
冬姫になりきる奇妙丸の言動に於勝は、我慢していた感情が一気に溢れ出してしまう。
「冬姫様~」
「わわ」
抱きしめようとする於勝と、離れようとする冬姫、もみあう二人。
「いけません、いけませぬ、於勝様」
なんとかして於勝を制止させようとする。
於勝は着物越しに掴んだ腕がことのほか固く、筋肉質で、思いがけない程の腕力に驚く。
(冬姫様がこのように力が強いのか?)
両手を掴みあったまま、みつめあう。
奇妙丸(冬姫)も、その沈黙の長さに動揺を隠せない。
「まさか、奇妙丸様?」
奇妙丸(冬姫)は慌てて、顔をふせた。
於勝は、冬姫の顔を覗き込むが、目を合せようとしない。
(ひょっとして、でも、えっ?)
ばれた、と観念する奇妙丸。
呆然と立ち尽くす於勝。
「於勝、お主を元気づけようとだな、依然申していたように冬姫に変装してみたのだが」
気まずい空気を打ち消そうと、奇妙丸は取り繕って言うが、於勝は放心状態である。
「奇妙丸様!だましましたね!」慌てて手を離す於勝。
怒りと恥ずかしさから、於勝はその場から逃走してしまった。
取り残された奇妙丸。
「作戦は、失敗か?」
岩陰から飛び降りてきた一郎。
「いえ、若、想定外でした。於勝殿には申し訳ないですが、次に活かしましょう」
後に残された奇妙丸と一郎は、どこが間違っていたのか反省しながら再び準備を始めた。
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濃御殿にて、冬姫様が奥庭でお待ちしていると、今度は於八が庭に呼び出された。
「冬姫様、お待たせいたしました。それで、お話とは?」
「用とは、あなたのことです、於八様」
冬姫に変装をした奇妙丸は冬姫を演じきっている。
「私、ですか?」
「はい、於八様の元気がないと聞きました。あなたが元気ではないと、私も悲しいのです。どうか、元気を出して下さりませ」と心配げに顔を見上げ、そっと手を取る。
優しいく握られた手に視線を落とし、於八は何かを決心したかのごとく冬姫(奇妙丸)をまっすぐと見つめる。
奇妙丸は於八の真剣な表情に一瞬たじろぐも、すっと姿勢を正して見つめ返した。
「じつは冬姫様、あなたにお伝えしたかったことがございます」と思い詰めた表情の於八。
「はい、お聞きします」
「私は以前から、あなたのことを・・」
そう言いかけ、於八は途中で黙り込んでしまう。しばしの沈黙が悠久のように感じられる。
「於八様いかがなされたのです」
「いえ、なんでもありませぬ。冬姫様、どうかお幸せに。ではこれで」
「あ、待ってください」
去ろうとする於八を、冬姫(奇妙丸)は引き留めた。
「於八様、ありがとうございます。あなたにそう言って頂けると、私はとても嬉しいです」
冬姫の引き留める手の力が、思っていたものよりも強い。
(冬姫様、そのような強いお力で)
於八は振り返り、冬姫に向きなおす。
「冬姫様、どうか、一度だけ」
「なっ、なにを」
抱きしめようとする於八と、離れようとする冬姫(奇妙丸)。もみあう二人。
「えい、落ち着かぬか於八!」
於勝の時で学習したはずだったのだが、突然の出来事に思わず奇妙丸の声で振りほどいてしまった。
「え、奇妙丸様?」
「なぜ、気付かんのだ於八」と、奇妙丸は涙目で問う。
冬姫の格好だが中身は奇妙丸であり、その涙も冬姫のようで、奇妙丸であり・・
(そういえば、思いのほかゴツゴツしていた)
「いーーやー、いやーーーーー!!」と叫び声をあげながら、於八は頭を抱えてしまう。
奇妙丸はこのように取り乱した於八は見たことがない。
(またもや、失敗してしまった)
事の真実に打ちのめされ、於八は片膝をつき、がっくりと項垂れる。
「於八、お主を元気づけようとだな、依然申していたように冬姫に変装してみたのだが。ど、どうじゃ?」
地面を見つめたまま沈黙する於八に奇妙丸は取り繕って言うが、於八は放心状態である。
「・・若の女装は、心の傷になりそうです」
そう言うと涙をぬぐい、於八は走り去っていった。
後に残された奇妙丸のもとに、着替えを持って一郎が現れる。
「若、どうやら私は読み違いをいたしてしまいました」
「ううむ、どうやら、余計に傷を深くしてしまったようだ」
優しさは、時にはお節介になるということを、二人は学んだ。
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