3部:織田冬姫
奇妙丸と同じ姿をした若武者が頬を赤らめる。
「そんなに近寄られて、まじまじ見られたら、照れるでしょ!」
この年齢の頃は、男子よりも女子の方が身長の伸びるのが早い。
背丈は年上の奇妙丸とほぼ変わりないので、紫紐に白い直垂を着た姿は、一瞥するだけでは奇妙丸とは見分けがつかない。
「冬姫様ぁ~、何故このような男装をされているのですか? 私は、私は姫姫しい冬姫が好きなのに!!」
「「なに(怒)!」」
冬姫の、艶やかな正装が好きなので残念そうな鶴千代。
一方で、(男装も悪くないな・・)と一瞬思う於勝。
だがしかし、それでは奇妙丸様にも惹かれるという事だと考えを打ち消す。
http://17453.mitemin.net/i185254/ 織田冬姫、姫姿イメージ。
「私は姫姿は好きではありません。私も、男子のお仕事をしてみたいのです!」
顔を真っ赤にしながら、鶴千代にきっぱりと言い放つ冬姫だ。
隣の小姓ノ間には、金森兄弟、佐治兄弟、森於勝の一門である森於九が控えていた。
昨晩、彼らは奇妙丸から命じられ、早朝から紫 直垂と奇妙丸の室内着である白直垂 紫 紐通しの着替えニ着を用意した。
冬姫が奇妙丸の部屋から、男装をして現れた時には今の三人同様に驚いて慌てたものだが、先程の三人の驚きを見て、自分達もすっきりと 「してやったり」な気分だった。
特に森一族の於九は、日頃威勢のいい甥である於勝の驚き顔に大満足だった。
「うむ、であるから、鶴千代に於勝、そして於八、その方達は、私について参れ」
え? と顔を見合わせる金森と佐治兄弟。
「若~!、私たちは?」
控えていた金森・佐治・森の兄弟衆が失望の声をあげた。
奇妙丸が、三人を驚かせるとあって、
朝早くから準備を手伝っていた兄弟衆は、事情通の自分達が奇妙丸から旅の同行者に選ばれると思っていたのだ。
「冬姫を私だと思って、一生懸命お仕えするように!」
「よろしくね、皆さん!」
姫の笑顔に兄弟衆の表情が瞬時にきり替わるのが第三者からでもわかった。
背筋を伸ばす兄弟衆。
「はい!承知いたしました!」
「冬姫様、私たちになんなりとお申し付け下さい、我ら粉骨おつかえいたします!」
切り替えの早さに呆れる鶴千代ほか二名。
「それでは、行ってらっしゃいませ、若!」
もはや一刻も早く送り出そうとする兄弟衆達である。
「うむ。であるか(おまえたち、なんか嬉しそうだなあ・・)
冬姫! 暮れ時には戻る。たのんだぞ」
「はい、兄上様」
にっこりと微笑む冬姫に、愛想良く答える鶴千代ほか2名。
「それでは行くか!」と立ち上がる奇妙丸。
「は~い」
低い声で返事が返ってくる。
(三人とも、出かけるのが残念そうじゃないか)
奇妙丸は突っ込みをいれたくなる。
「鶴千代様、於勝様、於八様、兄上様をお願い致します」
と冬姫に兄のことを託されると、
「「大船に乗ったつもりでご安心下され!(×3名)」」
と三人が素早く答えた。
奇妙丸は今年14歳。弘治元年(1555)生まれ。
まだ戦には出陣した事がなく、気持ちだけが勇立つ年頃である。
父:信長が12歳で元服し、その年に初陣を飾った事に比べると、元服も初陣も遅いほうだ。
鶴千代は弘治二年(1556)生まれ、織田家への降伏の人質に来てからは、年齢の近い奇妙丸と打ち解け、兄弟同然に付き合っている。
於勝は永禄元年(1558)生まれ。少し年下ではあるが体格が良いため、年上の他の三人にも見劣りがしない。
於八は奇妙丸と同じ弘治元年(1555)の生まれである。奇妙丸の乳兄弟として育ち、気心の知れた仲であった。
冬姫は、於勝と年齢が同じだ。奇妙丸とは仲の良い兄妹である。
快活で行動が素早い性質であり、冬姫がもし男子であったならば、奇妙丸と後々どちらが織田家を相続するか跡目争いが家中で起きたかもしれないと信長に言わせた逸材だった。
信長は冬姫を、すでに亡くなった「生駒御前」の忘れ形見とばかりに、特に溺愛しており、
遠征から帰還する時には、冬姫への土産を欠かしたことはない程に可愛がっていたのだ。