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29部:御庭番・伴一郎左衛門

翌日、奇妙丸は於勝と於八を引き連れて、濃御殿の裏山にある池に鯉の餌やりに訪れた。手を叩くと、口をパクパクさせながら鯉が水面に顔を出す。

ふと横を見ると、於勝と於八は魂の抜けたような顔をしている。

「二人とも、大丈夫か?」

「若、なんでもございませんよ」と於八。

「いつも通りですから」と於勝。

「そうかなあ」

於勝と於八は、池の鯉に目をやる。パクパクと口を開け、餌を食べている。ただそれだけなのに、なぜか冬姫のことが頭の中を駆け巡る。

(なんだろう、この虚無感)と於勝。

(なんだろう、この喪失感)と於八。

「生きているって、なんだろう」と二人が声をそろえて呟く。

同時に、大きなため息が出る。二人とも幽鬼のように影が薄くなっている。

(二人とも、目が死んだ魚よりも濁っているな)

元気のない理由はわからないが、どうやら二人とも、何かを考え込んでいるようだ。

二人の思案の邪魔にならぬようにと、奇妙丸は残りの餌を二人に渡し、庭の様子を見て回ることにした。

池から少し歩くと、庭木の剪定をしている伴一郎左が目に留まる。岐阜城の広大な庭を整備しているのは、奇妙丸の召し抱えた御庭番である。身軽な一郎は、高い木の上の選定も難なくこなしている。

「朝から精が出るな、一郎」

奇妙丸よりも背が高く、痩せ形ながら筋肉質なところが服の上からでも解る。どこか瀧川一益と似た雰囲気を持つのは甲賀の者ゆえだろうか。

「若、おはようございます」

一郎は仕事の手を止め、姿勢を正して奇妙丸に挨拶をした。

「金華山の山麓なだけあって、庭の管理が大変だな」

「我々は甲賀の山奥に育ちました故、御庭番は適職であります。有難い限りです。人数はいくらあっても足りないということで、小牧山からの前職の方々とも範囲を決めて交代で勤務させて頂いております」

奇妙丸はぐるりと庭を見回した。確かに、広い庭なのにすべてに手が行き届いており、草木が生き生きとしているように見える。

「庭がきれいに整っていると、心も整理されて落ち着く。城の警護もよろしく頼む」

「はい、お任せください」

「そういえば、先日の多治見の方はその後どうであろう」

「はい、弟の四郎が東美濃に残り、諜報活動を行っております」

「父上も武田との国境、東美濃の動静が気になっているご様子だ、引き続き調査をよろしく頼む」

「承知しました、我が君」

一郎はとても頼りになる男だ。仕事は丁寧な上、先見の明もある。相談ごとに対しても真摯に対応してくれる。

奇妙丸は池の方を振り返り、未だに呆けながら餌やりをしている二人を確認した。

「一郎、相談があるのだが」

「なんでしょうか」

「あそこにいる元気のない二人をなんとかできぬだろうか?」

奇妙丸は於勝と於八を指して言う。

「なぜあのように元気がないのだろうか?」

「そうですね、よっぽど冬姫様の一件が重くのしかかっているのでしょうか」

「冬姫の一件」

「二人は冬姫様を御慕いしておりましたから、突然のことで動揺を隠しきれないのでしょう」

「そうか、なんとか元気にしてやりたいのぅ」

奇妙丸の言葉に“はっ”と気付く一郎。

「若が冬姫様に変装をして、二人を励ましてあげてはどうでしょうか?」

「変装?」

「以前、冬姫様が若に変装をしたときに瓜二つであったと聞きました。ならばその逆もしかり。我々の言葉は届かぬかもしれませんが、冬姫様の言葉なら二人の心にも響くかもしれません」

「なるほど、それは名案かもしれぬ」

奇妙丸に変装した冬姫を見て、今度は奇妙丸が冬姫に変装してほしいと頼まれたことがあった。

「お主、策士よのぅ~」

「いえいえ、若ほどでは」と一郎はにんまりと笑った。

「そうとなったら、作戦を立てねばな」

「我々御庭番も協力いたします」

二人は於勝と於八のため、元気を取り戻すための作戦を練り、夕刻に決行することにした。すべては友の笑顔を取り戻すための、奇妙丸なりの優しさである。


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