25部:織田信長
岐阜城内、小姓控えの間
「大変です、大変です、大変です」と森於九。
「お前はいつも大変じゃないか」と返す千秋喜丸。
「お殿様*が戻られました」との内容に小姓衆の表情が引き締まる。
「それは大変」と同調した佐治新太。
「備えよ、常にだぞ」と小姓衆最年長の金森於七。
「はい、いつも準備万端であります」と加賀井弥八、水野於藤が応える。
*天正3年(1575)の従三位権大納言・右近衛大将就任以降呼び方を「上様」に変えようと思っています。
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岐阜城山麓。
岐阜御殿〈千畳敷き〉で重臣たちとの会議を終えた信長が、奥の居館〈濃御殿〉に移動する。
信長付き小姓衆が慌ただしく入ってくる。
御殿内が騒々しくなる。織田家家臣団の一部にしか過ぎないが、信長側衆の壮観な顔ぶれだ。大広間の両端に信長傍衆、奇妙丸傍衆、茶筅丸傍衆、中央通路を残し対面する形に順に着座し、あぶれたものは庭に並んで控える。全員、床に額がつくほどひれ伏す。
「殿様のおなあり~」小姓頭の大津伝十郎の声も乾かないうちに信長が現れた。“太刀持ち”万見仙千代が小走りに信長の後を追い寄り添う。
南蛮椅子に着座するやいなや、
「蒲生鶴千代!」
信長の突然の呼びかけに、すわ何事と緊張が走る。
近江日野城主・蒲生賢秀の嫡男、鶴千代(俵三郎)が“人質”として岐阜城で生活しているのは周知の事実だ。
奇妙丸(勘九郎)は鶴千代を何かあれば身を挺して庇うつもりだ。それは一緒に旅をした於八(男平八)に於勝(森勝蔵)も同様だ。
「お主は、冬姫をどう思っておる」
(え?)あまりに予想外の第一声に全員、信長の真意を測りかねる。
鶴千代は開き直り、胸をはって答えた。
「元服した暁には、正室に迎えたいと考えております」
鶴千代の宣言に「え」っと、声がでそうになるほど於八に於勝も驚く。
冬姫の父・信長を前に鶴千代のたいした胆力である。
「面白い、我が婿となるか。
ならば、父・蒲生賢秀とともに伊勢への出陣を命じる、手柄を立てて婿に相応しき男か、応えて見よ。至急、出陣の支度をせよ」
「有難きお言葉」鶴千代は床に音がなるほどの勢いで頭を下げた。
(痛い、夢じゃない)
「では、早速」と御前から足早に退出する。人質の任が解けたと同時に父と出陣するのだ、早く日野城に連絡せねばと小走りである。行動の速さに信長はご機嫌の様子だ。
しかし、事の展開に失望顔の森於勝と梶原於八。我こそは冬姫の婚約者に、と思う心は二人にもあった。
奇妙丸にとって鶴千代は、織田家の“人質”身分ながらも身体を張って自分を守ってくれた信頼出来る仲間だ。
冬姫を託すことができると父の判断に納得した。そして、
「父上、私も戦に?」
鶴千代と初陣を共にしたいという思いから、信長に自分の処遇を窺う。
「奇妙丸、そのほうの出陣の儀はまだ先じゃ」
「はっ」父の命には従わねばならない。
どうやら、父の考える出番はまだ先のようだ。
「織田家当主という重責を担う事になれば、個人というものは無い」
信長が奇妙丸の目をみる。
「余は17歳の時に父・信秀が思いがけず逝去した為、葬儀で位牌に焼香を投げつけるに至った。
余は父から学んだ故、お主にそのような思いはさせぬ。
18歳の元服まで、人として領民の暮らしをみて参れ。それより先は、天下を統一するまで、戦場をねぐらとする鬼の生活が待っておる。逃げ場はないと思え」
「ご配慮痛み入ります」
「しかし、お主には任せたい儀がある。伊勢に遠征するにあたって甲斐の武田入道信玄斎との同盟を強化せねばならぬ。
そちに、武田松姫との婚約を命じる。“婚約の儀”の贈答品と、織田家嫡男として恥ずかしくない松姫への手紙をしたためよ」
「はい、ありがたきご縁談。早速、用意いたしまする」
東美濃の守備が手薄になることが父の懸念材料なのだろう。
「くれぐれも失礼なきように。それぞれ織田信次、津田一安にみせるが良い」
一時尾張を出奔し甲斐にいた織田一族だ。今は織田家に帰参している。信玄入道の趣向に詳しいのだろう。
「それから余の小姓衆から、お主の側衆に目付としてこの二名を派遣する、生駒・池田じゃ」
指名された二人が顔をあげる。
「生駒三吉(のちに一正)にございます。14歳に御座います」
「池田九郎丸(のちに之助)にございます。13歳に御座います」
「お主が城を離れる時は、どちらかに城主代行を頼み、どちらかを必ず供にするように。奇蝶には余から話をしておく」
「はい」
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