22部:捕縛
提灯を照らし、宿から出てきた二人は、屋台で珍奇なものを買いつまんでは、
河原の自然堤防の土手のほうへ歩いて行った。
そこへ漁民風の男たちが忍びより背後から魚取り用の網を被せようとする。
人の気配を察した二人は即座に反応して反撃する。
漁民風の男たちは忍者が変装していたようだ。
「しまった太刀を置いてきてしまった」と勝蔵。
「罪なき人を殺す訳にもゆくまい、素手で」勘九郎も害されているとはいえ斬るわけにはいかない。
思わぬ抵抗に襲撃した側も、相手が武術を嗜んでいる事を確信する。
「お主達、ただものではないな」と漁師姿のひとり。
「安藤家の領内で何をしている?お主らは何処の手の者だ、怪しい奴」とさらに漁師。
「我々は津島社家の息子、ただの巡礼者だ」と潔白を叫ぶ勝蔵。
「巡礼者にしては手練れ過ぎる」といぶかむ漁師。
「怪しき奴、城まで来てもらおう」
どうしても捕えて連行する気のようだ。
ここは、逃げるが勝ちかと逃走する。
駆け足で来た道を戻る。
そこへ男平八・俵三郎組も何者かに追いかけられて
こちらへ向かって走ってくる。
「これは、人海戦術だ」次々と河原のいたるところから提灯の明りがあらわれる。
圧倒的数の提灯が、四人を囲んでいた。
「御用だ!御用だ、御用だ」多数の声が近づいてくる。
次は提灯を手にした安藤家の自警団が、じわじわと包囲しに来ている。
「御用だ、御用だ、御用だ!」
天を仰ぎ、
「逃げ場なしか」と嘆息する勝蔵。
「戦うのが目的ではない」と勘九郎。
「若だけでも、お逃げに」と男平八。
「だめだ、お前たちと一緒だ、降伏するぞ」と両手をあげて意思表示をした。
「観念したか、よし、召し捕えろ」と侍たちが駆け寄ってきた。
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この異変には、町に潜伏していた伴ノ衆も気付いていた。
「一郎兄、無理だ」
「すでに若は囲まれて御座います」
「ここは退いて、救出の機会を伺うか」と伴兄弟は一旦手を引く
「桜に連絡してやってくれ」五郎が伝令に走る。
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本巣北方城内、牢屋。
「どうやら、安藤家に囚われの身となってしまった様で御座いまするな」と男平八。
「面目ない」と後悔の勝蔵。
「しかし、労せずして、北方城の中にも入る事になったな」と勘九郎は笑いとばす。
「織田信広様の例も御座います。捕虜になったことで若が廃嫡の憂き目にあえば、私が冬姫に合わせる顔が御座いませぬ」と心配気な乳兄弟・男平八。
「それに、安藤殿といえば、若が手中に入ったと知れば、何をしでかすか解らぬ男です」と勝蔵。
「安藤殿、竹中殿、まだどこまで信じて良いか解りませぬ」と男平八。
「勘九郎殿、ここは私にお任せあれ」と鶴千代は覚悟を決めたような表情で二人を制した。
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北方城内の玄関前広場。
四人が順番に牢から引き立てられ、御座ござに座らせられた。
警護の人数を引き連れて、代官らしき二人が現れた。
ひとりは無精ひげの初老の侍、ひとりは若い侍だ。
若い侍が先に口を開く。
「持ち物を改めさせてもらった、お前たち、どこから来たのだ?津島ではないだろう」と強圧的な態度に出る北方城代・安藤右衛門佐。
今回の信長の遠征には、当主の安藤伊賀守守就、長男の平左衛門尚就が従い、次男右衛門佐は留守居をしている。
もうひとりの無精ひげの侍は、自ら自己紹介した。
「私は安藤守就の弟、安藤将監直重という、江渡城代じゃ。お主らの身元を吟味させてもらう」
右衛門佐が家来に木箱を持ってこさせた。取り押さえられた際に没収された手荷物だろう。
「相州正宗の脇差」と、木箱から取り出した小太刀を置く。
「相州貞宗の脇差」次に、
「美濃伝兼定の脇差」次に、
「みたこともない形の近江国友銘の小太刀」四つを並べる。
「これだけでも国が買えるぞ!」と北方城代・右衛門佐。
将監直重は縛られた四人の様子を慎重に観察している。
直重は相州貞宗の持ち主をじっくり見極めようとする。
さらに、右衛門佐が箱から武具らしきものを取り出す。
「それから、装備しないで懐にしまってあった防具はなんだ?」
とまた、一つずつ箱から取り出して並べてゆく。
「織田家家紋入りの手甲、鎖肩当て、脛当て、これは何だ」
「あれ?×3」
顔を見合わせる3人。
「どうした、誰かひとりの持ち物なのか」
「手甲は私のだぞ」と平八、
「肩当ては私のだ」と勝蔵、
「脛当ては私のものだ」と俵三郎。
火花を散らすかのように三人の視線が交錯する。
「どうしたの、それ?」と勘九郎。
「どういうことだ×3」
「手甲の方が精緻な作りだぞ」
「いや脛当てのほうが仕上げが素晴らしい」
「肩当てなんて鎖仕込みだぞ!」
と俺の道具が素晴らしい自慢が始まる。
勘九郎は何故三人がそれぞれ家紋入りの防具もっているのか意味が解らない。
「えーい、やかましい、黙れ!! お主ら何を訳の分からぬ事を言っておる」と右衛門佐。
「巡礼が何故、織田家の家紋の防具を持つ。お主達は盗賊か、一体何者なのだ」と制する将監。
しばしの沈黙後、気をとりなおして俵三郎が話す。
「私の名は蒲生鶴千代。近江日野城主・蒲生賢秀の跡とりだ。今は織田家人質の身。許可を得て領内を検分している。私をこのような目に合わせて覚悟はあるのだろうな」
「蒲生といえば安藤家の縁戚ではないか」顔を確認しようと、ずいと前に出る将監直重。
「鶴千代だ と」驚きを隠せない右衛門佐。
「では、あの正宗はお前のものなのだな」右衛門佐は、天下に名刀として名高い相州初代・正宗の持ち主が気になる様だ。
「賢秀殿のご子息か」もう一度確認する。うむとうなずく俵三郎。
「間違いないようだな、ちょっといいか右衛門殿」と右衛門佐を手招きする直重。
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