21部:旅籠(はたご)
「ふぅ~食った、食った」一心不乱に食べた勝蔵。
「こんな魚の食べ方があるんだな」南蛮風に感動する男平八。
「エビも良かった」
(桜も夢中で食べていたな)
「桜は何が良かった」
「“もみじ”の葉っぱが印象に残りました、他の物も美味しかったです。有難うございます」
うんうん、と納得気の勘九郎以下、三名。
「私たちに妹が出来たみたいだな」と俵三郎。
「うんうん」と同意する勝蔵と男平八。
「心外です、私は勝蔵殿(11歳)よりも年上です」
「えっ?」「ほんとに?」
「そんなに見ないでください」と四人にとまどう桜。
「すまん、すまん、みな圧をかけすぎだ」
「桜は、旅の仲間なんだから、これからは勝蔵は呼び捨てでいいな。他の者は気安く“さん”付けで呼んでくれ」
と不満顔の勝蔵を見ながら、笑顔で〆る勘九郎だった。
そんな五人のやり取りを観察する店の従業員や、店の奥に居座る客。
そう、この新しい店は、関所撤廃以後の他国密偵の取り締まりの為に、城主の安藤家が出資し、町の諜報活動に使っている拠点でもあったのだ。
勘九郎(奇妙丸)一行は、新しいものみたさに安藤家の仕掛けにわざわざ飛び込んでしまったのである。
「さあ、神社を拝んで、町内を見て回って、ついでに宿でも探そうか」
「流石、安藤家の城下町だよな。施設が充実している」
「氏家様の城下町は、造りが広々としている感じでしたが、北方城下は最新のものが取り入れられている様子ですね」
「あそこに『春日屋』という宿屋があります。旅籠はたごのようです」
大きな門構えで木塀に囲まれている。建物は珍しく二階建ての構造だ。美濃では斎藤道三が巡礼者の為に建造した宿が多くある。これもその一つだろう。
「桜もいるし、木賃宿よりも旅籠がいいだろう」
・・・・・旅籠はやや裕福なものや女子の巡礼者が宿泊する旅館で、木賃宿は燃料となる薪まきを持参したり、自分で火を焚き食事など用意する低料金の宿屋のことだ。
(さっきから、桜は周りが気になるようだ)
「どうかしたか」
「いえ、なんでも御座りませぬ」
(見られているような感じがするのだけれども)
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本巣北方城の城下町、旅籠・春日屋内。
「桜、先に風呂にしてくるといいよ」と勘九郎。
「若が興味あるとおっしゃるので、河原沿いの夜間漁の様子や、通りの屋台の様子をみてくる」と森勝蔵。
屋台に興味があるのは主に勝蔵だ。
「城から見える漁民の生活がきになっていてね、この目で確かめたいのだ」と勘九郎。
「では、お留守の間、お荷物を守りますので」と桜。
「そうだったな、このような宿では用心せねば。では、大きな荷物は部屋に置いて順番に動くか」
というわけで勝蔵と勘九郎が先に出て、
男平八と俵三郎が、桜が入浴している間、荷物番役で部屋に残り、桜が戻ってから出掛けることになった。
桜は肩まで湯につかって温まる。
忍び身分ながらお風呂に入り宿で疲れを癒すこともでき、皆の優しさに心も温かくなるように感じた。肌はほんのりさくら色に染まっている。
「ん」と、窓の外でなにかの気配を感じたのだった。
兄弟達とは雰囲気が違う何者かの気がする。
「兄者?」と声をかけてみるが返事はない。忍び独特の呼びかけをすれば、忍者とばれてしまう。
(早くあがろう)足早に風呂場を去った。
部屋に戻り、先に店を出た二人を早く追いかけてほしいと男平八、俵三郎に伝える。
桜の嫌な予感は当たっていた。
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