199部:軍議
岩崎包囲軍西陣。
奇妙丸と林佐渡守の居る陣に、続々と各陣の大将衆がやってきた。
大将不在の折に奇襲をかけられると対応が遅れるので、侍大将達の移動は極秘だ。それぞれの陣では各家の譜代家老から選ばれた陣代が指揮を執っている。
軍議の行われる陣幕の中央床机には奇妙丸が座し、その背後には白と黒の鎧武者が金剛力士像の様に威圧感を放っている。奇妙丸の傍衆達も、もしもの時に備えて陣幕の後方に目立たぬように控えている。
包囲軍の総大将は、実質的に織田家筆頭家老の林佐渡守秀貞にかわりはないが、この包囲軍の総帥となるべき織田家嫡男・奇妙丸を前にして、各将の自己紹介が始まった。
北陣の下社衆は、柴田勝家の甥・柴田十兵衛勝仲、吉田伊助の二人である。
柴田勝仲は奇妙丸よりも1歳年長だ。柴田家の武将らしく相撲取りの様にがっしりした体格で、人相も叔父・勝家に一番似ているかもしれない。しかし、どこか自信無さげで、柴田勝家と言う勇士の存在と、常に比較されまいか気にして無理している感じがある。
柴田のもう一人の甥・吉田伊助は、奇妙丸より1歳年下だ。彼は引き締まった体格をしているが、痩せすぎて胸が平べったいということはなく、横断面でみると丸胸で武術家らしい身体つきだ。しかし、柴田家の武将にしては珍しく、武だけでなく文にも通じ、信長馬廻りの前田又左衛門からは算盤も習っているという。下社の新田の開墾や城下町整備に、既に取り組んでいるという。堅実な民政家でもある柴田勝家は、その点でこの甥に一目置いている。
北陣のもう一方を担う守山衆の侍大将は、織田信次の与力・島兄弟の二人である。
島信重は奇妙丸よりも10歳年長。島一正は7歳の年長である。彼らも文武に長け、織田一門の中でも信長に目を懸けられていて、兄弟ともに一軍を率いる身分を与えられている。何れは一手を任せられる大将にと期待されている様だ。
南陣の末盛衆の侍大将は、津田坊丸、佐久間理助の二人である。
津田坊丸は奇妙丸と同年生まれ。人相に背格好もとてもよく似ている。奇妙丸とは幼少の頃から度々顔を合わせているが、歳を経るにつれ奇妙丸に対して口数が少なくなっているのが気になる処だ。特に悪い噂は何も聞かないので、素行に問題はなく優等生的な若者と言えるだろう。兄弟であれば、織田家の相続者候補として奇妙丸の競争相手となっていたかもしれない。信長から、織田一門衆として将来が期待されている事は間違いない。
佐久間理助は、奇妙丸よりも1歳年長だ。体格がとにかく良く、奇妙丸よりも頭一分背が高い。前田又左衛門とは良く槍の訓練をしているそうで、今では遅れをとる事もない程上達しているという。いずれ叔父の勝家とも手合わせすることを目標にしている。そればかりではなく、理助は唐国の戦記ものも好きで、丹羽五郎左衛門の所にも書物を借りに良く出入りしている。武術・武略ともに実戦向きに特化した侍に成長している。
柴田勝家は甥達の中でも、吉田伊助と佐久間理助に目をかけていていた。いずれも奇妙丸とほぼ同世代の若者達であるが、一癖も二癖もある顔ぶれだ。
「弾正忠家を支える新世代が、ここに集っているようですな」
周囲を見渡して簗田出羽守が自分の年齢を実感したように呟く。
佐渡守秀貞も同様の気持ちを抱いたようで、髭を撫でながら頷いている。二人とも自家の跡取りと柴田の甥達との力量を見定めている様でもある。
自分の息子達の能力が上か、それとも下か、親としては家の行く末とも絡み、気になるところだ。
林秀貞は、自分の実子よりも、一族から通政という優れた人物を養子に迎え、彼に林家の行く末を任せようと考えている。
簗田出羽守は、実子である鬼九郎広正が立派に育っているので、彼に大いに期待している。
「これから、岩崎丹羽家をどういたしますか?」
奇妙丸への挨拶が終わったところで、若手侍大将の中では一番の年長者である島家の長男・信重が早速、切り出した。
「岩崎丹羽は、長きに渡り弾正忠家の目の上のたん瘤。根切にしてしまいしょう」
津田坊丸が進言する。
坊丸の強行意見に、それは大変な流血事件になると想像する。織田家中で仲間割れによる犠牲者を出す事は望んでいない。
「伊勢の氏勝・氏次親子が、脱走するかもしれぬ。未来に遺恨が残るぞ」
岩崎丹羽家との関係改善を考える。
「殿様と示し合わせて、伊勢陣中の丹羽一族も討滅すればよいのです」
どこまでも、排除を進言する津田坊丸。
「藤島城は無事だったのだ、岩崎丹羽家を討伐する事、それは避けたい」
「何かお考えはありますか?」
吉田伊助が、奇妙丸に腹案はあるのか問いかける。
「圧倒的武力を見せれば、気持ちが挫けるかもしれませぬぞ。ここは東側にも軍勢を配置して、四方から攻め立て力の差を見せるのが良策かと」
佐久間理助が力攻めをしてみることを進める。
「四面楚歌か、逆に氏織に決死の覚悟を決めさせてしまうかもしれぬが」
そこへ、河辺がやって来て参陣している侍大将達に伝える。
「伝令の早馬で御座います」
伝令の騎馬武者が駆けこんできた。
「下社より参りました。伊勢大河内の北畠軍が打って出た所を撃退し、大勝したとのこと。各城主に至急伝達をせよ、とのことです」
「ご苦労!」
騎馬武者を労う奇妙丸。
「詳しい事は判るか?」
情報をもう少し得たい。
「大河内城西門前にて、近江勢が奮戦。蒲生鶴千代が敵の大将首を三ツ挙げる軍功あり。これより鶴千代改め、織田弾正忠の「忠」を与えられ忠三郎と名乗る許可をもらったとのことです」
「「おお!」」
「鶴千代がやったか!」
奇妙丸が手を打つ。
「ここは、我々も蒲生に負けぬ軍功を上げておかねばな」
拳を力いっぱい握りしめる於八。
「そうだな」
於八の隣にいる於勝も、鶴千代に先を越されとと思い、悔しさに歯ぎしりしている。
於八が、ここで鶴千代に負けぬ活躍すると心に決める。
(よし、俺もやるぞ!)
後ろに控えていた於八が、声を張り上げた。
「若様、ここは私に、岩崎勢があっと驚く一撃を加える許可を下され!」
「「おお?」」
緒将が声のしたほうを注目する。奇妙丸の乳兄弟でもある梶川於八の存在は、織田家では誰もが知っている。
「名案があるのか?」
「岩崎丹羽家の度肝を抜いて見せます!」
「よし。では於八に任せてみようか、どうかな皆の衆?」
ここは、梶川家の腕前を拝見させてもらおうと一同決めた様子だ。林に簗田も異論はない。
「我が実力、とくとご覧あれ!」於八が立ち上がった。
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「設定集」の方に柴田氏を追加しています。どうぞ宜しくお願します。




