198部:陪臣
岩崎城内。
物見櫓で、四方を監視している兵が大声で叫ぶ。
「東から、新たな軍勢があらわれたぞー!」
「どういうことだ? 藤島城を包囲していた軍勢はどうなったのだ?」
氏織が城壁際まで行って、物見の指さす東方を確認する。黒煙の上がった方から、新手の軍勢が来ている事は間違いない。
「中條と原田軍はやられた可能性が高いですね」
本郷が呟く。
「分っている」氏織も敗北したことは間違いないと確信した。
「うぬぬぬ」
先程までは一緒に藤島城を囲んでいたのに、と悔しい思いが込み上げる上田。
敵方の林家の旗に先導されて、織田軍の陣地に合流する新手、
氏織の見たところ、簗田軍、平手軍、山田軍の軍旗に見覚えがある。
「どうする、一矢報いて散るか」
「お供しますぞ」
頭に血がのぼって、短絡的に言ってみたが、岩崎城に逃げ込んでいる家臣の家族の為に、やはりここは踏みとどまり打開策を練ろうと思いなおす。
「あちらから強襲するまでは時間がありそうだな。とりあえず、館で茶でも飲もう」
「そうですな」と本郷。
「お付き合いしますぞ」と上田。
一時、鎧を脱いで、休息することが決まった。
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奇妙丸一行が、城と南陣を迂回して、本陣となっている西陣に到着する。
山内一豊と林勝吉が、西陣入り口で奇妙丸一行を出迎えた。
清州城で、出会った時は面倒な相手だったが、味方同士として戦場で出会えば、実力を知っているだけに頼もしい侍に見える。
「ご苦労だ」
先日の事もあったので自分から先に声をかけた。
「岩崎は我らにお任せを」
「頼みがいがあるな」
奇妙丸の言葉を聞いて、ニヤリと不敵な笑顔をみせる二人だ。
頭布を被り、首に大きな玉の数珠を巻き、簡易的な具足を身にまとった労将が出てきた。
「林殿、ご加勢いただき有難う御座る」
素直に礼を言う奇妙丸。
秀貞軍が岩崎城を囲んでくれたおかげで、戦況が好転したことは間違いない。
「林殿、那古屋からお越しいただき、忝い」
簗田出羽守も挨拶する。
「冬姫様より「奇妙丸様にご加勢を」と使者が参りましてな。それで、三河方面で情報収集をさせていたところ東に異変ありと分かりましたので」
(冬姫は、林殿をも動かすか)
冬姫の動員力に、驚く奇妙丸一行。奇妙丸が頼むより、皆が素直に動きそうだ。
「急いで来てくれたのだな」
ハッハッハと、笑いで返事する佐渡守。
「岩崎城包囲にはどれほどの軍勢が集まってくれたのだ?」
「那古屋の林・山内軍が千五百。守山の島軍が千、末盛の柘植軍が千。あわせて三千五百兵で御座る」
「我ら沓掛の千、平手殿の五百、山田殿の五百を合わせて、織田奇妙丸軍は五千五百の堂々たる陣構えですな」
簗田が興奮して言う。
精鋭部隊は伊勢に出征中だが、さすが尾張国の軍事力というべきだろう。
「岩崎丹羽勢は、精鋭は伊勢に出陣しているだろうから、城に残る兵は千五百程だろうか」
「氏織の事ですから、隠し玉があるやもしれませぬが、多くても二千が限度でしょう」
老将・佐渡守秀貞は冷静に城方を分析している。
改めて、奇妙丸をじっとみて、佐渡守秀貞が呟く。
「こうして、織田弾正忠家三代の御当主に従い、岩崎城を攻めるとは感慨深いものがありますな」
「まったく」
秀貞の言葉に、出羽守も同意する。
二人の脳裏には、祖父・信秀の姿も焼き付いているのだろう。
「岩崎城ですが、どうやって従えますかな?」
「うむ。できれば尾張でこのような謀反があったことは、世に喧伝したくはない」
奇妙丸なりに今の織田家の状況を考える。
「騒ぎが大きくならないように、鎮圧できるのが一番ですな」
秀貞が頷く。
「それでは一刻後に、この陣で、軍議といたしましょう」
「頼む」
奇妙丸が応じる。
ニコリと頷き秀貞が、譜代五人衆を呼び集める。
林家に付属する鎌田、角田、大脇、富野、河辺の侍大将達だ。
尾張豪族の鎌田と大脇と角田の一族には、荒子城の前田家のように織田家に直仕するものも居る。
・・・・守山城主となった信長の舎弟・織田信時は、坂井喜左衛門と角田新五の主導権争いに巻き込まれて、弘治2(1556)年に角田により命を失うことになった。
富野と河辺は林家の庶流で、嫡流家の家司となった家だ。
「各部署の侍大将に、目立たぬように我が陣へ集まるように連絡してくれ」
林家の譜代の者達が、各陣所へと伝令に走った。
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「設定集」の方に尾張の林氏を追加しました。




