197部:陣立て
岩崎城が近くに見えてきた。
弓頭・山田勝盛の率いる隊が、織田家の旗を立てて先頭を走っているので、城を包囲している部隊は、味方の援軍が来たと認識している。
そこへ、林家の物見たちがやって来た。侍大将らしき黒武者のもとに駆け寄る物見。
「我々は、林家の譜代の者です」
「私は織田家の弓頭、山田左衛門佐勝盛。こちらの方は織田家嫡男・奇妙丸様だ」
「わ、若様」
下馬し礼をする物見達。
「案内してくれるか?」
「承知いたしました、若様」
「私は河辺平五郎と申します」
「あの河辺家の一門か、よろしく頼むぞ」
こうして、林家の河辺隊に先導されて進む奇妙丸軍。
城に立て籠もる岩崎丹羽軍は、数で劣勢に立ち新手の織田軍の出現をただ見守るしかない。
岩崎城外の織田陣に合流する。
・・・河辺平四郎は、弘治2(1556)年信長が弟・信行(文書には信勝)と家督を争った時、「稲生原の合戦」に、信行派として戦死した侍大将だった。
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「北の陣は何処の者だ」
隙なく備えている陣構えに感心する奇妙丸。
北陣は、奇妙丸の仕掛けた爆発を見て驚いた秀貞の指示で、再度、強固に陣を工作したのだった。
「守山衆と下社衆に御座います」
「あれは?」
「あの木瓜の旗印は、守山城の織田孫十郎信次殿の家ノ者とお見受けします」
守山城の城主・織田信次は兄に従って遠征中のはずだ。
「島兄弟のようですね」
「島?」
「甲斐武田家の下から帰参した、津田信次殿の与力です」
「私には一族にあたるのだな」
島又左衛門信重(1545生まれ)、弟に弥左衛門一正(1548生まれ)。今、勢いのある兄弟だ。
「下社城からは何方が?」
「勝家殿の城代は、御舎弟の柴田勝直殿ですよね?」
勝盛に聞く於勝。
「伊勢に従軍されていると思うが」
旗印を確認しようと目を細める勝盛。
「では、甥の勝仲殿でしょうか」
「そうです。勝直殿の御子息・柴田十兵衛勝仲殿と、同じく甥の吉田伊介(のち柴田勝豊:1556年生まれ)殿が参陣されました」
「きっと岩崎丹羽勢に鉄砲を撃ちかけたのは、その方々ですね」
「そうだな」
柴田勢は血気盛んだと思う奇妙丸。
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「南ノ陣も木瓜の旗ですね。末盛衆でしょうか」
「そうです」
清州から来ている平手汎秀が即座に見分けた。よく見知っている。
「確か柘植殿と佐久間盛次殿は両者とも伊勢では?末盛からはどなたが?」
服部政友もそこそこの情報を持っている。
「城主の柘植与一(1541年生まれ)殿、城代の柴田勝家殿の義弟・佐久間盛次殿は二人とも出張されていますので」
「柴田殿の甥・佐久間理助(のち盛政)殿が末盛衆を率いて来られています」
「じゃあ、騎馬で戦いに行ったのは、佐久間理助殿(1554年生まれ)ですね。無類の戦好きと聞いています」
「柴田勝家殿と気が合いそうだ」
於八が感想を言うが、それは当を得ている。
「あれが二人になったら、大変だぞ」
老将、簗田出羽守ならではの感想だ。
「しかし、あの時は騎馬隊のみで、陣は妙に落ち着いていたが?」
奇妙丸は戦いの様子を思い出し分析している。
「もうひとり、織田信行*様の息子、津田坊丸殿が大将で来ておられます」
河辺が補足した。(*文書では信勝ですが親しみのある信行で走ります)
「それで間違いないですな。妙に南陣が微動だにしなかったのは、坊丸殿の圧か」
簗田が困った様に言った。
「坊丸殿は妙に冷めたところがありますからなあ」
奇妙丸は、よく従兄弟の坊丸とも会う機会があったので、その性格を知っている。
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「西の陣は何処の者達なのだ?」
「我が主、林佐渡守秀貞をはじめとする那古屋衆に御座います」
「そうか、織田弾正忠家、古参の方々達なのだな」
奇妙丸が頷きながら、河辺の目を見る。
「そう言って頂いて、有難う御座います。報われます。」
河辺は、織田家にとっては陪臣だが、織田弾正忠家を主の林家を通して自分たちの父祖が支えてきたと思っている。
奇妙丸が、河辺家をはじめとする陪臣達の働きを認めてくれている事が嬉しかった
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