196部:武勲
所々、地下から水が湧いてきている場所もある。水が溜まり沼になりそうな場所も出来そうだ。
穴や土の中から救助されたものが集められて、介抱されている場所に来た奇妙丸。
中條と原田の兵士達は完全に戦意を喪失している。
「当主達に、無事な者はいないのか?」
生き残った兵士たちに聞く奇妙丸。
「判りませぬ」
地盤の陥没が中条・原田軍に与えた被害は、予想以上に大きかった。
「大将がいたぞー!」
遠くから発見の声が聞こえる。
奇妙丸が駆けつけると、原田氏重は馬の下敷きとなっていたところを織田軍の兵士に救助されていた。
奇妙丸を見つけると、この天変地異の原因を理解したようだ。
「騙したな・・」と恨めしく唸る氏重。
全身土まみれとなって、様相が一変している。
「武士の風上にもあけぬやつ、堂々と戦えこの卑怯者」
氏重は更に罵詈雑言を奇妙丸に浴びせようとしたが、於勝が走って来てみぞおちに一発決めて黙らせてしまった。
「お、おい」於勝に驚く奇妙丸だが、於勝は悪びれずに笑顔だ。
「首をとりますか?」武士としては大将首を取るのは当然の行いだ。
「折角、助かった命だ、奪うこともなかろう」
奇妙丸は命までは取るつもりはない。
「皆の者、救助をよろしく頼む」
「はいっ」
巨大な穴の中の様子を一回り見て、各所で救助の指示を出して引き上げる奇妙丸。
多くのケガ人がいて手分けして介護する場所が必要だ。
「卑怯の勇。武士の戦い方ではないか・・」
「落とし穴を掘るのも戦略の内ですよ。城には堀があるでしょう」
楽呂左衛門は当然の事と考えている。
「主を裏切る者が言った事など、なんの価値もありませぬ」
と政友は冷たく言い放った。
他の二人、原田種高、篠田貞方は爆発に巻き込まれて行方不明だ。
*****
爆発の後、大穴がぽっかり開いて変わってしまった景観に驚き、藤島城から出て来た荒川藤太郎。
大穴の傍で顔見知りの簗田出羽守を見つけて傍にやって来た。
「簗田殿、これは?!」
「おお、荒川の。もう大丈夫だぞ」
「敵が一斉にどこかへ向かったので、何事かと思いました」
「若様が、敵勢を一網打尽にしてくれたのだ」
「これは、若様が?!」
眼をパチクリさせて奇妙丸を見る荒川藤太郎。歳の頃は奇妙丸と同世代のようだ。
「城の守備、ご苦労だった。これは敵方を屠る為、山師の原与助達に協力してもらったのだ」
奇妙丸は、生き残りを救助している山師たちを指す。
「おお、原殿も無事ですか」
大切な山師達が無事と聞いて安心する荒川。
「城を囲んでいたのは中条・原田の者だったのだが、今はこのような状態だ。どこかで治療をしてやってはくれぬか」
「判りました。それでは藤島城下の寺々に頼んで、それぞれ引き受けてもらいましょう」
「有難い」
「奇妙丸様のご予定は?」
「我々は、丹羽の岩崎城を囲んでいる林秀貞軍の後詰をする。生き残った者の救助と、藤島城の警護、しっかりと頼む」
がしっと、荒川の手を握る。
「ははっ」
荒川は畏まってから、奇妙丸の要望に応えるべく、気合の入った表情になった。
同世代ながら、武将としてのしっかりとした面持ちに、安心する奇妙丸。
留守居を勤め守り抜いていた藤太郎だ、任せても大丈夫だろう。
奇妙丸が振り返って勝盛達に声をかける。
「それでは、岩崎城に向かうぞ」
「「おうっ!」」
この場の処置は山師・原与助と、藤島城留守居・荒川藤太郎に預けて、岩崎城に向かった。
*****
伊勢大河内城。
信長の御座所に、南陣の各武将から次々と伝令が駆け込んでくる。
「南門から北畠軍が押し出して参りました!」
「そうか、兵糧が切れて苦しくなったようだな」
「敵勢、凄惨な様子に御座います」
「南陣の諸将、長秀の指揮に従い、協力して撃退せよと伝えてくれ」
「はいっ!」
同じ内容の伝令には、側近衆達が同様の指示を伝える。
信長直属の尺限廻番衆からも、状況を知らせる連絡が入った。
「前面の近江勢が攻撃を受けております」
「そうか、近江勢の踏ん張りどころだな。たやすく崩れる様なら無用な奴だ。六角旧臣達の動きをしっかり見届けよと伝えてくれ」
「ははっ!」
平伏してから駆け出す伝令。
今度は、丹羽長秀からの伝令が駆け込んでくる。
「蒲生隊が奮戦し、再び敵を城内へ押し込めました!」
「おおっ、留飲を下げたな」
「蒲生鶴千代殿の奮戦、凄まじきものあり」
「そうか、そうデアルカ」
久々の吉報に、会心の笑みを取り戻す信長。目を懸けた若者が答えを出し、信長は大満足だ。
側近衆達も安堵の表情になる。
「この武功、大いに宣伝せよ!」
「はっ!」
信長の側近衆から大津、万見、堀、菅屋、長谷川、矢部が一斉に駆け出して行った。
第28話 完




