195部:陥没
「あの黒煙はなんだ?」
岩崎城の丹羽氏織が、藤島城近くで鳴った轟音に続き、空高く舞い上がった黒煙に驚く。
「我々も、あんな黒煙を見るのは初めてです」
本郷が代表して答える。
本郷を始め、上田や周りの者に、あの方向に何かあったか心当たりはないか問う。
「藤島の者どもが作った坑道くらいでしょうか」
「そうだよな」
と自分以外の者も、真相は分からないということで、納得する。
(いったい、なにがあったのだ・・・)
休息に不安がこみあげる氏織だ。
「落盤でもしたか。まぁ、あの方向なら、藤島城を囲む三人は大丈夫だろう」
「そうですね」
相槌を打つ上田だった。
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「あの爆音は?」
岩崎城を囲む軍勢の中で総大将・林秀貞が、天空にこだます轟音に驚く。
兵士たちも一様に驚き、これから天変地異が起きるのでは?とざわついている。
息子の林勝吉が、山内伊右衛門一豊と共に、異変を知らせにやって来た。
「秀貞殿、あちらの空を」
一豊の指さす方向を見る秀貞。
「なんだ、あの煙は? 十騎程、至急調べに行かせろ」
「はっ」
勝吉が林家譜代の者を呼び、調べに向かわせる。
「岩崎の陽動かもしれぬ、本城の囲みを厳重にせよ! 北と南の陣にも、そう伝えよ」
「ははー!」
譜代衆達が、手分けして各陣所へ走って行った。
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丘がなくなり、大地が陥没している。
森の中にぽっかり口を開けた大穴は、4間(7.2m)程の深さに、一丁(109m)以上の広さだ。木の根が崩落を留めている所もあるが、未だ穴の縁は何かきっかけがあれば崩落し、近寄るのは危険な状況だ。
「ようやく、煙が風で流れて行ったようだな。どうだ?」
ヒヒーンと時おり穴の中から馬の悲し気な嘶きが聞こえてくる。
「ほぼ全滅したんじゃないでしょうか」
勝盛が穴の中を見渡して呟く。
「よく、思いつきましたね」と感心する汎秀。
「常に備えよ、父上から厳命されてきた事を実践したまでだ」
特に感動のない奇妙丸。
「見事な策です!」
於勝が尊敬のまなざしで奇妙丸をみる。
「しかし、人命を奪ってしまったかもしれぬ・・」
「織田家の人間が傷つくのを守られただけです。自分を責めないで下さい」
於八が励ます。奇妙丸は優しすぎると、時々心配になる。
「出来れば、このような手は打ちたくなかった」
「若様は間違っていませんよ」
桜の声が後ろからした。
「うん?」
桜が、虎松と与助を連れて傍に来る。
「ありがとうございます。若様」
「そう言ってもらえると救われる」
「若様、勝ちましたね!」
と虎松は素直に喜んでいる。
「すごい閃きでした。大鹿毛もかっこよかった」
と与平次。
「犠牲を多く出さないための、最小限の犠牲だ」
自分に言い聞かせるように呟く奇妙丸だった。
(大切な人命、そうだ、今やるべきことがある)
「皆に頼みがある」
「穴に入るのは危険かもしれぬが、よく安全を確かめてから入って、出来るだけ多くの人を救助してくれ」
「ははっ」
救助活動は山田隊、平手隊、簗田隊の奇妙丸軍の総力で、そして山師の原衆も手伝ってくれるという。
*****
「奇妙丸様、ご覧くだされ」
原与助がやって来た。
「どうしたのだ」
与助は興奮している。
「私についてきて下さいませ」
山師達に囲まれて奇妙丸が大穴を見に行く。
「あちらを」
「凄い岩壁だな」
「崖崩れによって、新たな鉱物の露頭が現れました」
「そうなのか?!」
露出した岩石の断面に、蜘蛛の巣の様に筋状に金銀に輝く鉱物が混じる。
「奇妙丸様、これを見て下さい」
与助が鉄棒を岩のひび割れに突きたて、割れ口を拡げて剥がす様に上手に割る。
割れたばかりの岩面が太陽の光を受けて、極彩色に光っている。
「これは、ものすごい鉱脈ではないか?」
「はい」原与助が頷く。
「こんなものが眠っていたとは」
「奇妙丸様のおかげで、我らが捜していたものが見つかりました」
「はっはっは、私よりも、於八の爆薬があってこそだ」
於八を褒める奇妙丸。
「あの坑道を吹き飛ばした物は、どうしたのですか?」
「あれは、私の乳兄弟、梶原於八が開発したものだ」
「於八殿、素晴らしい成果ですぞ」
与助が称賛する。
於八が改良を重ね、楽呂左衛門が協力して更に威力の増した火薬が、この岩盤を吹き飛ばしてしまったのだ。
「於八殿の爆薬の製法、我ら鉱夫にご伝授願いませぬか?」
於八に協力した、楽呂左衛門に力強く背中を叩かれる。
「山師の仕事に、技術革新をおこしたのではないか於八」
「ははは」
思わぬ副産物に苦笑いする於八だった。
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