193部:山師
「では、引き上げるとするか」
そういって立ち上がった背後から、伴ノ一郎左衛門が現れた。
「奇妙丸様、森の中でこのような者達を発見しました」
伴ノ一郎左が呼ぶと、伴ノ衆が、頭から土埃にまみれた集団を連れて来た。
「おお、お主達は山師の原家の者達ではないか!」
簗田出羽守が、服の汚れるのもかまわず、山師たちを抱擁する。
「無事でよかったの」と彼らの安全を喜ぶ。
藤島の山師とよばれる鉱夫達は、城が囲まれるのを見て、森の中に逃げ込んでいたのだ。
「簗田様、ご無沙汰いたしておりました」
「藤島城の中には居なかったのだな」
「我々は坑道を掘りに外で仕事をしていた処に、西三河勢がやってきました。帰るに帰れず、食料も尽きて、もう山籠もりも限界だと思っていたところです。よろしければ、食料を分けて下さい」
「うむ。それは大変だったな、非常食を分け与えよう」
「有難うございます」
奇妙丸が、山師たちに声をかける。
「私は、織田家の奇妙丸。山師の皆のまとめ役は誰なのだ?」
「鉱夫頭にございます」
山師が口を揃えて答えた。
山師集団の中から杖をもった老人が出てきた。
「私が信長様より鉱夫頭を任されております、旧姓は原田、今は原与助と申します」
「原田一族なのか?」
「昔の事であります。原田家の祖である大蔵家は、古くから鉱山開発に従事していましたが、先祖からの血のせいでしょうか、私は幼少の頃から岩石が好きで、世間の争い事にはあまり興味はありませぬ。それなので一族を率いて山の中で暮らしておるのです」
「お主達の中でも、いろいろあるのだな。山口太郎兵衛を知っているか、藤島を訪問するように助言されていたのだ」
「太郎兵衛は、鉱石探しの仲間です」
「お主達はどこに隠れていたのだ?」
「坑道の中です。このような感じでこの丘一帯に広がっております」
そう言って、懐からこのあたりの地図を広げる与助、そこにはぎっしりと、岩石の名前と分布範囲、そして坑道の場所が描かれている。
「なるほど、その方たちの掘った坑道を、軽くでもよいから案内してくれぬか?」
「若様は物好きですね、我らの様に汚れますよ」
「見てみたいのだ」
こうして、坑夫頭の原与助に連れられて、
この一帯には無数の坑道が掘られている事が判った。
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「どうでしたか若様?」
杖を伸ばして、掴んだ奇妙丸を引っ張り上げながら感想を聞く原与助。
「いやあ、良くあれだけも掘ったものだな。人間業とは思えぬほどだった。しかし、もう産出の見込みがない穴もあるのだな」
「この辺りの鉱床も、そろそろ限界の様子であとはもう放置して崩れるに任せるのみです」
「そうなのか。ふぅむ、この地形、さっきの地図をみせてくれぬか」
地図と睨み合う奇妙丸。
「どうかしましたか、奇妙丸様?」
政友が、奇妙丸の考える事を聞こうとする。
「良い事を思いついたぞ」
「お聞かせ下され」と汎秀。
「内緒だぞ」と奇妙丸。
地図を囲んでの密談を終えて、立ち上がる一行。
「それでは、山師の皆、伴ノ衆、於八に呂左衛門と政友、手伝ってくれ!」
「はいっ」
奇妙丸が何かの準備に取り掛かった。
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藤島城の外側を囲む中条・原田軍の更に南側の窪地に、奇妙丸軍は待機している。
軍勢が待機する陣に戻った奇妙丸。
「あちらの斥候が、度々こちらにむかって来ております。ひそかに始末していますが、そろそろ怪しまれます」
長く待たせていたので、陣中は緊張している。
「それでは、皆は簗田に従って、もう少し離れた場所まで陣を移してもらいたい。あとは私が直接、藤島城を囲んでいる敵軍へ話し合いに行こう」
「ええ?」
「御自ら向かわなくとも」と制止しようとする汎秀。
「いや、ここは私が行った方が、話が早い。護衛は乗馬の手慣れた者ばかりで十騎ほど従ってほしい。勝盛、ついてきてくれるか」
「おまかせを」
「伴ノ衆、呂左衛門に於八と於勝、それに虎松と与平も、私がもしここに逃げてきたら、手筈通りに頼む」
「承知いたしました、我君!」
「うむ」
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