192部:丹羽氏織
岩崎丹羽軍。
岩崎城の周りの織田軍の包囲網を確認する氏織。
「なかなか手堅い布陣を敷いているようだ」
長年辛苦を共にした従兄弟の上田左馬允*が氏織の傍に来た。
「どの陣所も既に盾が配置されていますね」
「大将は、佐渡守秀貞か?」
「そのように御座います」
「藤島の援軍というよりは、岩崎を乗っ取りに来たんじゃないのか?」
「あのご老人ならやりかねませぬな」
「ええい。いまいましい」
秀貞の顔を思い出して、いらつく氏織。
「大手門の前はがら空きの陣形だな。敵がいないのでは、内と外の挟み撃ちもできぬ」
「どうなされますか?」
「思ったより陣地の備えが堅固なようだ、城の西側の人数も解らぬ。こちらの倍以上の人数かもしれぬ。
城に入って留守居の本郷四郎左衛門*と合流したほうが良いな」
もう一度、織田方の包囲網を、じっくり観察する氏織。
「あちらも、我らに城に入れと言ってるようなところが癪に障るが」
「何かの計略でしょうか?」
「舐められたものだ。城に入ってから、夜討ちでもかけて一泡ふかしてやろう」
「そうですね」
「「ふふふふ、はっはっはっは!!」」
久々の戦場働きが楽しい、老将二人組だった。
*****
「此処です。あの木の陰に大岩があり、その上から岩崎の方が開けて見えます」
「よく見付けたな、ここなら藤島城の方からこちらの姿は見えないな」
安心して岩崎城を観察できる。
楽呂左衛門の望遠鏡を皆で回し見して、織田家の陣営を観察する一行。
岩崎城の北側、西側、南側に馬蹄形状に囲みを造っている。
「岩崎丹羽家と、正面からの合戦をするのではないだろうか?」
「いえ、あの陣形は、東側をわざと開けているのでしょう」と服部政友。
政友は海賊をしていただけあって、潮の流れを読むように、戦場の流れを見る事ができるようだ。
「岩崎丹羽軍が様子を伺っているな」
山田勝盛も実況に加わる。
「私が丹羽家の大将だったら、近くにある囲みからまっしぐらに突撃しますね」と於勝。
(於勝だったら突撃をやりきって勝つかもしれないな)と微笑む奇妙丸。
おそらく、全員がそう思っている。
「しかし、流石に林殿は冷静だな」と山田勝盛。
「佐渡殿も、無駄に戦をして損害をだしたくはないのでしょう」と秀貞の考えを読む簗田。
楽呂左衛門の望遠鏡は重宝され、次から次へと回されている。
「おお、岩崎勢が城に入ってゆくぞ」奇妙丸が声を上げる。
「北側の下社勢でしょうか、鉄砲を撃ちかけはじめていますね」望遠鏡を覘く於八には様子が見える。
「黙って入城されるのを見ているのは嫌なのでしょう」と簗田。
「血のたぎっている若武者が大将なのか?」と楽呂左衛門。
「ああっ、南の陣からも騎馬隊が岩崎勢にっ!」於勝は反対の南側の動きに気付く。
「南陣は末盛軍でしょうか」政友が推測する。
「誰だ?無謀な騎馬隊のあの大将は?」騎馬隊の動きを見て勝盛が思わずつっこむ。
「あっ、反撃されて逃げていますね」於八が騎馬隊の様子を伝える。
「一人、心当たりがあります」と平手汎秀。同世代の荒武者を知っているのだろう。
「後で、紹介してくれ」
奇妙丸は、矢玉を恐れぬ戦馬鹿の顔を知っておきたい。たとえ劣勢の時でも気持ちを奮い立たせて突撃する勇気のある武者が欲しいと思う。
戦場で本陣から合戦の様子をみるのはこのような感じだろう。
思うままに、部隊を動かす事ができないというのは、もどかしい気分である。
上杉謙信の軍は龍のように戦場を動くという。
それと真っ向から戦える信玄入道の軍も、入道の手足の如く大軍が動くという。
伊勢攻めの織田軍は七万とも、八万とも言う。将軍家の戦奉行ともなれば、それほどの大軍を率いるのである。
自分も上杉入道謙信のように、大軍を一匹の生き物のように動かせるのだろうか。
「ほぼ無傷で城内に入りましたね」
奇妙丸の不安を断ち切るように、政友が実況する。
「岩崎勢も統制がとれているなあ」
「長く今川方の最前線の城でしたから、よく訓練されているのでしょうね」
「流石だった」
私もまずは侍大将として一軍を率い、歴戦の武将と渡り合える統率力を身に付けなければと、気持ちを切り替える。
「ひとまずは、籠城するようですね」
「うん。出合いがしらの合戦にならずに良かった」
「岩崎の蜂起軍は、伊勢方面で織田家が勝利すれば、いずれ降伏するしかありあせんからね」
「林殿は良く分かっておられるようだ」
簗田が、珍しく林秀貞のことを褒めた。
*上田・本郷は岩崎の分家ですが、小説の人物はフィクションです。
「設定集」に尾張の丹羽氏も追加しました。ご照覧下さい。
謹言




