186部:織田弾正忠家、三代の夢
「では、信昌殿に代わり山口太郎兵衛がご案内いたします」
信昌の家臣、山口が知立城内を案内してくれる事になった。
山口氏は周防大内氏を祖とし、「応仁の乱」の前に尾張守護・斯波義敏が流刑になった時に、長く大内家の城下町である山口に滞在した縁で、尾張に復帰した際に世話になった大内氏一族を引き連れてきた。
その子孫は、最新の多々良技術をもって着実に勢力を広げ、尾張丘陵の資源を開発してきた。
尾張半国が今川家の勢力下に置かれた時は、戸部氏だけでなく、岡田氏、近藤氏、丹羽氏、原田氏、中条氏が山口氏を自勢力へ加える争奪戦を繰り返した。
下尾張で織田信秀が台頭した折には、山口氏の所属と尾張丘陵の資源を巡って、三河の松平清康の守山城攻めにもつながった。
山口氏とその外戚の佐久間氏は、織田信秀に重く用いられ、市場城を本拠地に、鳴海城・寺部城を傘下に置き、織田弾正忠家の西三河と尾張支配に貢献したのだった。
「これが、信秀様と我々が手に入れた宝に御座います」
三ノ丸に二十棟ほど並ぶ土蔵(倉庫)を見せられる一行。整然と立つその姿は壮観だ。案内された倉庫のひとつには、白く輝く鉱石が山ほど積み上げられて保管されている。
「ヒュー」
楽呂左衛門が思わず口笛を吹く。
呂左衛門にはこの岩石が何を意味するか解っている様子だ。
「これから先は、奇妙丸様のみご案内するということで宜しいかな」
真剣な表情の山口太郎兵衛。他の者には異議を挟ませないという迫力がある。
「わかった、皆ここで待っていてくれ」
奇妙丸が応じる。
続けて、奇妙丸だけが二ノ丸に案内された。ニノ丸は高い石垣と黒塗りの木板の城壁囲いで整備され、三ノ丸よりも一段高い場所にある。
ニノ丸へは、途中で鋭く曲がる石段を登り、黒金の門を抜けて入る厳重な造りだ。
煙突から白煙の上がる三十間はある長屋がある。その中に入ると立っているだけで汗が噴き出してくる程に暑い。
「そして、これが資金を生み出す錬金の技術に御座います」
土間が続き、奥にある踏鞴場を見せられる。
ここでは鉄と、銅の原料が石の中から取り出されているという。
そして更に奥まで案内される。
そこでは刀剣、鉄鏃、鎧兜の部品、それだけに限らず日常の必需品である鉄鍋や、鉄斧など農具、ありとあらゆる鉄製品が作製されている。
「これが知立、最大の秘事で御座います。鉄製品だけではなく、あちらでは銅製品も造っております」
作業の様子を観察する奇妙丸。
「鉄砲と鉄砲玉を生産しているのか?」
「いえ、違います」と否定しながら、山口が棚から取り出してきたものは、白っぽい岩石の板だ。
「この鋳型の面を良く見てください。何か解りますか?」
「こっ、これは、永楽銭の鋳型・・」
「これが世に数ある鐚銭よりも精巧な、織田家の銅銭の基で御座る」
「精巧なのか?」
質が悪くても大量生産するほうが稼げるだろうに、と不思議な気持ちになる。
「良銭を掌握することで、鐚銭を思うままに価値付けて流通させることができます」
「なるほど」
「伊勢湾は唐国との貿易の最終地ですから、船底に鐚銭を積み込んだ中国船が多くやって来て、荷物を積んで、価値のない銅銭を置いていきます。この鐚銭を流通させることによって経済を牛耳っていくのです」
「なるほど」
「最初は織田信定様が津島で小規模にやっていた事ですが、信秀様が尾張丘陵を抑えて資源を確保され、信長様が今川家からも死守されたのです」
「う~む。歴史だなぁ」
「織田弾正忠家、富強の源は永楽銭に御座います」
「織田弾正忠家の旗印そのものなのだな」
「はい」
にっこり笑う山口太郎兵衛。
(これに領内の通行自由を保障されている水野太郎左衛門も、一枚噛んでいるのだな)
尾張丘陵から知多半島にかけての縦筋、流通の仕組みを、なんとなくつかみかけてきた奇妙丸。
「織田家中では丹生(水銀)を扱う丹羽一族の五郎左衛門長秀殿が、この錬金術道の「天下一」で御座います」
「安祥城主だった叔父・信広殿の娘婿であること、何か意味があると思っていた」
「鋭いですね」太郎兵衛はニコニコだ。
「有難う。山口・水野・丹羽の三氏が束になって何かをしているということなのだな。勉強になった。ここは天下静謐を目指す私にとっても大事な場所なのだな」
突然、奇妙丸の両手を握りしめる太郎兵衛。
「若様。天下を掌握し、日ノ本を静謐に導いて下され、先代、我が父は信秀公の高い志に心うたれ、共に歩くことを約束したと言います」
祖父から夢、織田家の本気を見た気分だ。
「うん。先祖の流した血や汗の為にも、信昌の為にも、新しい日本国を創り上げて見せるぞ!」
自分は弾正忠家代々の夢を託されたのだ。
この命をかけて、新しい日本を創り上げねばと決意する。
「これから沓掛まで行かれましたら、太郎左衛門と共に藤島城跡へも足を延ばして下さい」
「分った、何かあるのだな。助言を有難う」
奇妙丸は丁寧に山口太郎兵衛に礼を言った。これから先も長く世話になるような気がしたのだ。
織田弾正忠家の秘密に迫った奇妙丸と、その一行。
今夜は知立城で宿泊し戦の疲れを癒し、明日早朝から出発する。
次の目的地は、境川を渡って尾張国の沓掛城だ。
知立城からは、水野太郎左衛門が隊商と傭兵部隊を率いて同行するという。その人数は千近い。
平手甚右衛門汎秀も平手軍五百騎を率いて清州まで従ってくれるという。
これに山田勝盛と楽呂左衛門の五百騎を合わせて、帰りの兵団は約二千兵に膨らんだ。
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「設定集」に、話に登場した武田、徳川、織田に関連する忍者の方々を追加しました。
どうぞ宜しくお願いいたします。




