183部:織田四郎三郎信昌
<知立城>
「開門!織田奇妙丸だ!!」
「こっ、これは奇妙丸様」
城外の乱闘に警戒して、大手門を固く閉じていた門番が慌てている。
「一揆に襲われて、信昌殿が大変だ、早く援軍を!」
「わかりました、今、城門を開けます!」
門を開けて、走り出て来たのは信昌の家臣、山口太郎兵衛だ。
山口は留守居の将として、知立城の庶務を取り仕切っている。
「相手は千兵ばかりいた。すぐに救援部隊を編成してくれ」
「ははっ!」
血相を変えて城内に駆けてゆく山口。
奇妙丸隊500騎は城内に駆け込む。
「信昌殿の危機とあっては、我々もご加勢仕る」
商人姿をした初老の男が現れた。この男も武人なのだろうかと訝しむ奇妙丸。
「私は信長様より諸役を免じられている鋳物師・水野太郎左衛門と申すもの。交易旅団を率いています」
「鋳物?」
「それ以外にも、陶器なども手広く取り扱わせて頂いています。私の配下にの傭兵部隊がいます。そちらを派遣しましょう」
「よし、よろしく頼む」
「はい」
城内には大きな蔵(倉庫)が20棟ほど連立して構えられており、それを警護する武士団や、商品を積んでゴザが掛けられた荷馬車の周りにも沢山の兵が居る。いかにも傭兵といった強面の面々だ。
山口太郎兵衛、水野太郎左衛門の号令で兵士たちが馬出広場に集合した、急遽編成された軍で、救援に向かおうとする奇妙丸軍。
(信昌殿、無事でいてくれ)
その時、信昌が派遣した伝令が外で叫んでいた。
「城門を開けろー!」
城門の物見櫓から信昌帰還を知らせる声がする。
「皆、退きあげてきたぞ、急いで城門を開けるんだ!」
物見が叫んでいる。
信昌隊が、人数を半分ほどに減らされながらも、盾を並べ後退して来た。
一揆勢は信昌隊を押し包むように囲み、城までの退路を塞ごうとしている。
城門は虎口の形になっているため、中に居る奇妙丸から、信昌隊の姿は見えない。
「だめだ、待てぬ。いくぞっ!!」
大鹿毛に跨り槍を構える奇妙丸。いてもたってもいられず開いた城門から繰り出した。
於八と於勝、桜に伴ノ衆は全力で走り奇妙丸の騎馬についてゆく。
馬出に集まった知立軍も後に続き、両翼を山田勝盛、楽呂左衛門が率いる。その数は千五百程。
城からの、新手の出撃に怯んだ一揆勢が、信昌隊の背後の囲みを解いた。
両翼の勝盛、呂左衛門が一揆に突撃してゆく。
「信昌殿―!!」
信昌隊に近づき、信昌を探す奇妙丸。
「若様、信昌様はここに!」
老武者・篠岡八右衛門が奇妙丸を呼ぶ。信昌は兜を外されて老武者と中間達の持つ盾に乗せられている。
馬から降りて駆けよる奇妙丸。
「大事ないか信昌殿!」
信昌が苦悶の表情で奇妙丸を見る。
「奇妙丸様、私はもう駄目なようです」
老武者が状況を伝える。
「鎖骨から矢が深く刺さっておられます。抜くことはできませぬ」
矢の柄を掴んで苦笑いする信昌。
「もう少しだ、頑張れ!」
なぜだが判らぬが、視界がぼやけてくる。
あとはもう必死だった。
信昌を抱え上げて大鹿毛にのせ、知立城に向かって爆走した。
山田勝盛、楽呂左衛門の指揮の下、弓衆達が正確に一揆衆を射抜いてゆく。
伴ノ衆は負傷者を抱え、信昌勢と一緒に城門へと急ぐ。
最後尾が入ったところで城門が閉じられる。
一揆勢は、虎口の中まで押し入って来ていた。
城内では、水野太郎左衛門の傭兵部隊が、城壁に横一列になって居並び鉄砲を構える。
「撃てぇ!!!!」
水野太郎左衛門、山口太郎兵衛の号令一下、知立鉄砲衆の一斉掃射が始まった。
「大丈夫か信昌?」
「もはや、これまでに御座います」
「信昌!」
「死の覚悟はいたしました」といって血を吐く信昌。
先程の老将・篠岡が駆けよってくる。
「さすが、小豆坂七本槍の跡取りにございました」
老将がひざまずいて信昌を褒める。
フッ、と笑みをみせてから信昌は目を閉じた。
「信昌ぁ――!」
奇妙丸の絶叫が響くが、信昌の返事はない。
「一揆が退くぞ、追い立てよー!」
大手門の櫓で城外の形勢をみていた服部政友が、城壁内の兵士たちに呼びかける。
城壁からの鉄砲一斉掃射で、一揆勢は多くの兵士を失っていた。
一揆軍が一時的に射程外に兵を引こうとしたとき、一揆の後方から新手の軍勢が現れる。
「あの旗印は、水野家の陣代・梶川様、それに平手家の旗印です!」
続々と一揆の背後に、織田家の部隊があらわれる。
「ありがたい、味方の後詰だったか」
梶川軍その数千は、知立城の南方にある横根城に詰めていて、絵下城跡で一揆の集結するをみて追って来たのだった。
平手軍は五百程だが、これは全くの予想外に、突然現れた。
一揆勢は戦意を失くし、旗を捨てて、思い思いの方向に逃げ出し始めている。
大将・矢田十郎の下知に従うものはいない。
「よし、行くぞー!!」
山田勝盛の号令一下、奇妙丸隊、知立軍が総攻撃に繰り出す。信昌の仇討ちと士気は最高に高い。
戦意を失った一揆勢は、各個撃破され。散々に打ち破られてゆく。
完全に形勢は逆転し、大将・矢田十郎は信昌家来の河野藤三という勇士によって討たれたのだった。




