181部:地龍(ちりゅう)
城外に待機する信昌軍に合流した奇妙丸一行。信昌軍は五百、山田の率いてきた奇妙丸の護衛隊と合わせて千の兵力だ。
「それでは、知立城に参りましょう」
信昌が先導する。
「知立よりその先はどのような道筋で尾張に帰還しますか」
山田勝盛が道筋を確認する。伴ノ一郎もそれを気にしていた。
「そうだな、行きは隠密で山間部を通ったからな、今度は鎌倉街道を通って沓掛城下によるのも良いだろう」
「今川軍の進軍路をなぞる旅ですね」
と於八が道順を頭の中に思い浮かべる。
「では、尾張に攻め込むつもりで参りましょう」と政友が言う。
「そうですね」
於八や於勝の表情も引き締まる。
奇妙丸の傍衆達に、ただ観光の旅路ではなくしっかりと何かを学ばせよう、という政友なりの配慮の言葉だろう。
過去の戦史を知ることは重要なことだと思う奇妙丸。
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鎌倉街道を西に進む奇妙丸一行の前に、池鯉鮒神社が見えてきた。行きの道のりでは目立たぬよう山道の迂回路を通って来たので、街道沿いの町並みを観るのも初めてだ。
「宿場もあり、にぎわっているな。ここで少し休憩しよう」
敷地が広く立派な社殿があり、兵士たちも木の陰で思い思いに休憩する。
「かつてはここに、城があったそうなのだが」
周囲を見渡す奇妙丸。
「尾張に向かう今川義元が本陣を置いたところらしい」
・・・・・<池鯉鮒城> 「仮称・旧ちりう城」
逢妻川の左岸、知立神社の傍にあった。池鯉鮒城は永見氏が築造した城館で、戦国時代・永見貞近は、今川義元方として織田信秀と戦い1540年に戦死した。貞英の妹は水野信元の弟・信近に嫁いでいる。1560年には桶狭間に向かう今川義元が一時的に本陣を置いたが、敗戦後に信長の攻撃で永見氏は降伏し落城した。織田軍の「城割り」により破却され、神社のみが残っている。
「若様、よろしいでしょうか」
伴ノ一郎が、足早に傍に来て奇妙丸に耳打ちする。
物見のために周辺に先行していた伴ノ衆が、首領の一郎左に報告に来た情報がただ事ではなかった。
「逢妻川の河口、知立の南にある絵下城付近に千程の一揆勢が集合しているそうです。目的は分りませんが完全武装で何やら不審な様子」
「それは、おかしな状況だな・・」
しばらく考え込む奇妙丸。信昌にも一揆の事を知らせる。
「理由は分りませんが、我らを強襲するつもりかもしれませんね。城まで急ぎましょう」
「では出発しよう」
勝盛が二人と目で会話し、大声で指令を出す。
「出発するぞー!!」
中央に奇妙丸の本体を置き、前後を織田信昌隊が固める
「みえてきたぞ、あれが新造された知立城」
・・・・・<知立城*> 「仮称・新ちりう城」
織田方が造った三河との境の城。境ノ城・人夫城・丸山城とも呼ばれている。逢妻川の右岸にある。境川と逢妻川に挟まれた境地を使い。向背の半島状に突き出た尾根部分を利用して造られている。池鯉鮒城跡地では防御に難があるとみて信長の命によりここに新設されたのだ。
「知立城か、なにやら白煙が上がっているが。火事ではないのだな。高い城壁と塀に囲まれて中の様子はまったく見えないな」
奇妙丸一行が景色の良い場所で、城をしっかり見ようと立ち止まった所で、信昌が奇妙丸の傍へ乗馬を寄せて来た。
「あれは、多々良の煙です」
「鍛冶の煙か」
なるほど顔の奇妙丸と一行。
「奇妙丸様、皆様に入城する前にあらかじめ伝えておきたい事があります。あの城には、織田家の秘密があるのです」
「織田家の秘密?」
顔を見合わせる面々。
「あの城の築城者は、信秀様のご舎弟・織田四郎次郎信実。私の養父です」
織田信光の次男・四郎三郎信昌は、叔父・四郎次郎信実の養子となって跡職を相続していたのだった。
「ここ尾張丘陵に沿って流れる境川の川筋は、大昔に海が高かった頃、丘陵沿いの砂浜に溜まった砂鉄があります。それに、陶器造りに適した粘土や、水銀朱、その他多くの鉱物資源が尾張丘陵に眠っているのです。
信秀様は、これらの資源を開発するため、多くの人夫を働かせていました。その多くは罪人や敵国の捕虜でした。それを統括していたのが信実様です。
そして、多々良製鉄技術を周防国から持ち込んだ山口(大内)氏と佐久間(三浦)氏の協力と、水野氏の交易路を利用して精銅・製鉄業にも乗り出し、「あるもの」を量産し莫大な富を築かれたのです」
「なるほど」
信昌の語りに納得する奇妙丸。
(「あるもの」については、城内で確認することになるだろう)
「現在は信長様の方針で、罪人や捕虜達の身分は解消し、平民の技術者として迎えています、金銭で多くの山師と人夫を雇ってるのです。
知立城は、山仕事に入る人材の供給地となり、更に鉱物の貯蔵滞積拠点、そして金属を製錬する工場となっているのです」
(そうか、津島や熱田の経済力だけではなかったのだな。それに津島・熱田衆もここで生産される交易物資をあてにしているのだ)
「かつて、信長様が織田家を継承した頃は、北東にある藤島城の銅鉱床を巡って、岩崎丹羽家との間に争奪戦が起きました。今川義元も資源豊かな尾張丘陵を狙っていたと言います。一大生産拠点となったここの存在は、織田家では秘中の秘となっております」
信昌が一気に語り終えた、口数が少ない男が沢山話をしたのはよほど重要で伝えねばならぬ事だからだ。
「なるほど、そのような経緯があったのだな」
(祖父・織田信秀様が、尾張の中で抜きんでた理由。安祥城までの西三河の領地に拘った理由。すべてが繋がる。「地龍」の名にふさわしい地だな)
重要拠点であるこの地の城主は、信長により織田一族の中でも信昌が適任者とされたのだろう。
「心して入城されてください。そして、城内の事は外に持ち出さないで、秘密にお願いします」
「わかった」
こうしたやり取りを終え、各部署にその旨を周知して、再び行軍を始める。知立城に入城できるのは織田家兵士の中でも特別な事なのだ。
逢妻川を渡河する信昌と奇妙丸の部隊。
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*現在は境城、丸山城跡と呼ばれているところに、物語上「新知立城」を設定させて頂きました。フィクションですので史実として誤解しないで下さいね。




