179部:神戦(かみいくさ)
<岡崎城、念仏櫓>
「築山の館は、思いのほか館内の警備が厳しく、ただの御屋敷ではありません。館というよりも、牢獄のような雰囲気のあるところです」
伴ノ一郎左が帰還し、奇妙丸に築山館の様子を伝える。
「築山殿が自ら脱出するのを恐れているのだろうか」
「そして、築山殿なのですが、出入りをされている岡崎の八人衆に、いろいろと織田家と家康殿への不満を言い続けておられる様子です」
「そのような様子なのか。母(奇蝶)が、亡国の姫という同じような立場の築山殿を気にしていたのも解るが、それでは、家康殿が寄り付かないのも無理ないかもしれない」
「家康殿が、今は築山殿の侍女だったお万の方を御内室とされているようで、築山殿には目もくれないようです。築山殿は大層お怒りで・・」
「兄上、どうしましょう」
困り顔の五徳姫。
「贈り物を届け続けて、誠意を見せてはどうだろうか、築山殿の心を癒していくしかあるまい」
なんとか励ます奇妙丸。五徳姫は手強い相手と対決せねばならない。
「そうですね。築山殿の館に尾張の特産品を届け続けます。御屋敷への出入りを大賀殿に頼んでみましょう。お満、頼みます」
織田家からついて来た五徳姫の侍女・お満は、難しい任務だが姫の為に、築山殿との懸け橋になろうと思った。
*****
翌日、出立の準備を終え、三ノ丸の城門まで来た奇妙丸を、家康が見送りに来た。
「織田家が、武田家と仲良きことは宜しい事です」
同盟国である武田家とまで戦を引き起こそうとした家康が、まるで無かった事のように言う。
領土拡張の為に、奇妙丸と松姫の縁談を無視し、相模北条と密かに結んでまで遠江と駿河に侵攻しようとしていた事も忘れた様子だ。
「我々も是非とも、甲斐に館を建てる事業に参加させて頂きたいものです」
武田家との対決が時期尚早と悟り、しばらくは「富国強兵策」を進めようとする魂胆だろう。
三河衆にとっては厳しい冬になるかもしれないが、目付け政策があるので家康も無茶はできないだろう。何かあれば目付衆が抑止力になるはずだ。
松姫の館が完成するまで、家康が大人しくしていてくれるならば、一応は、東海道の静謐は保てそうだ。
「では、妹を宜しくお頼みもうす。義父殿、義弟殿」
二人と握手して、奇妙丸は大鹿毛に乗る。手綱を持つのは三宅与平次だ。
「それではっ!」
手を振る信康夫妻。家康もにこやかに笑って奇妙丸一行を見送る。
奇妙丸は何度も振り返って手を振った。
城下にも多くの民衆が、織田の若殿を一目見ようと集まっている。
民衆の歓声に応えながら、奇妙丸一行は岡崎城を後にした。
*****
<伊勢国、信長御座所>
「筋違い」の紋が入った母衣を背負う伝令の幌衆が本営に駆け込んでくる。
「丹羽家の伝令です、西門攻略に失敗いたしました。被害甚大であります」
「なにっ?!」
信長の顔色が変わる。吉報を待っていたので予想外な事が起きた。
「五郎左は無事か?」
「はいっ」
(ほっ)と一息つく信長。
「西陣は崩れていないか? 状況を、詳しく申せ」
「ははっ」
北畠氏の入る大河内城から「勝鬨」の声が上がる。法螺貝や太鼓が、城内の各櫓から鳴り響き、城内至る所からから烽火がたかれる。
伊勢の各所で同じように烽火が上がり、北畠軍は息を吹き返した様子だ。
野次馬の民衆たちも騒ぎ始める。
「「伊勢の神戦だっ!」」
石山本願寺や、各地の大名たちの忍者・細作が、民衆に紛れ込んで、織田対北畠の戦いを観ている。
この敗戦の一報は、日本全国を駆け巡るだろう。
(悪い噂は千里を走るという・・)
采配を握りしめる寄せ手の大将・織田弾正忠信長。
「朝廷と将軍家に使者を出せ、講和の仲介をせよとなっ!」
「はっ」傍に控えていた大津伝十郎が走る。
「それから、勢いに乗って北畠が城から打ち出してくるやもしれぬ。各陣地ぬかりなきようにと、廻番衆は伝令に走れ!」
「「ははっ」」万見仙千代(重元)、長谷川竹(秀一)、堀久太郎(秀政)、矢部善七郎(家定)が駆けだした。
第26話 完




