171部:狸
山田左衛門佐勝盛が、少し口籠る。今ここで奇妙丸に伝て良いものか迷っている。
「どうしたのだ?」
奇妙丸は続けるように即す。
「北畠支城の阿坂城は落城したのですが・・」
「ふむ」
「木下藤吉郎秀吉殿が、阿坂城攻めの前線で負傷したと岐阜に連絡が入っておりました」
「なに?藤吉郎が! いや、秀吉殿が負傷?」
「いまは安濃津で静養され、弟の小一郎秀長殿が指揮を執っていると」
「そうか、命があって良かった」
ほっとした奇妙丸。
明らかに動揺していた奇妙丸を見て、秀吉とは何者なのか?と思い、つい口を挟む楽呂左衛門。
「随分と御心配なされるのですね?」
「秀吉殿は、幼少の頃からずっと私の守役でもあり、遊び相手だったからな」
「遊びの御相手ですか?」
武将が幼少の奇妙丸と遊んでいることが腑に落ちない。
「うん、最初はお庭の草履取りだったのだぞ」
「そのような方が、今は侍大将をされているのですか」
「うむ、秀吉殿は将才があるのだ」
「ほうほう」
身分出自にこだわらない信長の人材登用に感心して、織田家はやはり南蛮から渡来した風来坊の自分にあっているのかもしれないと改めて思う楽呂左衛門。
周囲で話を聞いている三河衆も、信長の出生身分に拘らない人材登用が本当の事なのだと改めて思う。南蛮武将・楽呂左衛門が目の前にいることで再確認できる。
家康が、奇妙丸に近づいてくる。
「若様、信長様がご出陣なされたとは?」
「いよいよ南伊勢の北畠と決着をつける時が来たようです」
「瀧川殿の伊勢進軍は5月でしたか?織田家はいよいよ武威盛んですな。後で、大河内城攻めの陣構えなども教えて頂いて宜しいでしょうか?」
「我々も、興味が御座いますな」と本多豊後入道広孝。
家康は父・広忠の乳兄弟・豊後入道には頭が上がらない。苦手な相手だ。
「では明日にでも皆、再び集合してくれ」
奇妙丸の指示に「「ははっ」」と一斉に答える三河衆。
「それでは、明日は岡崎城にて奇妙丸殿をお迎えして、会議と宴を開きたい。皆の衆よろしいか?」
岡崎で開催することで、主導権を握ろうとする家康。
「我々もお供します」小瀬清長がすかさず答えた。
今日は安祥の祭りの為、民衆を無駄に威嚇しないように織田信成の安祥衆は城内に控え、城の守りを固めている。明日は奇妙丸を単身向かわせる訳にはいかないので、安祥衆の半数ばかり岡崎入りに従うことで家康を抑えようと考えた。
「私も行こう!」
鵜殿八郎三郎長信が勢いよく答えた、自分が蚊帳の外に置かれるのは面白くない。
話の流れで、自然に明日は岡崎城集合ということになる。
「ところで、家康殿は浜松を離れて大丈夫なのですか?」
奇妙丸が、遠江を離れてここにいる家康に疑問を感じる。
「武田入道信玄は、今は小田原北条家の相模表を攻めています」
「相模へ?」
「信長様と同時作戦を展開されておられる様子ですな」
信長の外交展開を奇妙丸は知らないのだろうかと探りをいれている家康。
「なるほど。私は父からは武田松姫殿とよく交流せよと命じられている」
信長は、奇妙丸と松姫の交際を前面に押し出すことで両家の和平を強調し、信長は西へ、信玄は東へ戦力を向ける事が出来る同盟関係の強化状態を作りだしたいのだろう。
奇妙丸関係者の様子を伺いながら、家康が方針を固める。
(これは、領内で城の補強などして、大人しくしている方が得策か。今のうちに三河一揆の反乱分子を粛清して領内を固めるか・・、それが得策じゃ)
今、自分が騒いでは織田武田両家の視線が徳川に向いて標的となる恐れがある。織田武田連合軍に東西から踏み込まれては、今川家と同じ憂き目にあう。ここは織田家に従うしかないだろう。
家康が奇妙丸の手をとってニコリと微笑む。
「武田とは我らも争いたくない、奇妙丸殿、宜しく頼みますぞ」
「こちらも宜しくお願いいたす」
(タヌキ親父だな)
奇妙丸も家康にニッコリ微笑んで見せた。
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設定集に三河の酒井・坂井家を追加しました。




