170部:弓頭
「周辺が物々しい人数で囲まれております!いかがしたのですか?」
奇妙丸に周囲の異常を伝える楽呂左衛門。
「家康殿が警備の兵を配置してくれたそうだ。のぅ、家康殿?」
奇妙丸が家康に向き合う。
家康は馬から跳び下りて、手綱を部下に預ける。
「左様でございます」
つらっと答える家康。諸将は心の中で「このタヌキが」と舌打ちする。
「楽呂左衛門よく来てくれたな」
呂左衛門が下馬し、馬を同僚に預ける。
「山科殿が帰京されましたので信長様からお許しが出て、山田勝盛殿がここまで送って下さったのです」
黒い鎧武者も馬を下り、奇妙丸の前に進み出る。
「弓衆隊長・山田左衛門佐勝盛でございます」
山田のいで立ちは、漆黒の烏帽子兜に胴鎧、処々に黄金色の飾りをあしらった当世具足だ。信長から弓の腕前を称賛され、拝領した鎧だと織田家中では知れ渡っている。
それと対となる白の鎧を楽呂左衛門が着用しているということは、信長が奇妙丸家臣の為に用意しておいてくれたものなのだろう。父・信長の思いを有り難く感じる。
「山田殿、よく来てくれた。そなたがいれば百人力だな」
「私はこのまま奇妙丸様直属の弓衆となるようにとの御指図で御座います」
「おお、父上が」
いつも自分を気に懸けてくれる父・信長に感謝しなければと思う。
「南蛮人が話しをしているぞ!」
「南蛮人さんが、こっち向いたぞー!」
「わああああ!」
白い鎧を着る南蛮武者が何かするたびに、観衆たちは興奮する。
「何やら大騒ぎになってきたの」
奇妙丸が困り顔で楽呂左衛門を見る。
「街道でも頭巾を脱ぐと大変な騒ぎで」
山田が困ったように楽呂左衛門を見る。
旅の途中は、ずっと頭巾着用でやって来たのだろう。
家康達も突然現れた異国人武将に度肝をぬかれた様子だ。
「織田家はいったいどうなっているのだ?」という驚きと、日常ではありえない光景に違和感を感じ、楽呂左衛門に好奇の目を向けている。
「私もじっくり皆様と話がしたいですな。明日、岡崎に皆様をご招待したい。来ていただければ大歓迎いたしますぞ」
家康は完全に当初の気持ちが折れた様子だ。
家康の出方を観て一安心する鵜殿長信はじめ、三河の頭目達。
山田が周りを見渡して、口を差し挟むものがいないと確認し、奇妙丸に口上を伝える。
「信長様は既に伊勢にご出発され、瀧川勢の囲む大河内城の柵を御視察とのこと、東の静謐は奇妙丸に任せた!とのご伝言です」
信長が、伊勢の太守・北畠氏を討ち果たしに、ついに本腰を入れたと聞いて、鳥肌が立つ一同。
「そうか」
短い伝言だが、父・信長が一時的に尾張清州に自分と冬姫を置いたのは、後ろの尾張をしっかり固めよということだろう。
更に、知多半島の水野をはじめとする諸豪や、更に東の徳川、武田との間に和を保つこと。
これが、伊勢出兵に対し自分と、妹・五徳姫の与えられた役割。
父の期待に応える為に、出来ることはすべてやって、勤め上げてみせようと心に誓う。
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