17部:宝刀、相州貞宗
「若、桜が証拠をつかんだようです。それに娘たちは武器櫓の地下牢に閉じ込められている様子」
「わかった、作戦決行だ」
「伴ノ衆は、娘たちを救出してくれ」
「承知です、我君」
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小野城の主郭、搦め手門前。
かがり火の傍に四人の門番が寝ずの登板で守衛している。
そこへ荷車をひいて現れる四人の下人風の男。
「何者だ」
「御免下され、於台商人の下人者ですが、娘の着替えや荷物を持参しました」
「うむ、そうか。しかしこれより先、よそ者は入れぬ」年長の門番が行く手を制する。
「お主達、荷物を置いて帰ってよいぞ」二人の門番が追い返そうとする。
「では、この荷物を必ず届けて下さいませ。これは少ないですが皆様方のお酒代に御座います」
「はっはっはっ、良い心がけだ」
四人の門番それぞれに財布を渡すかのように接近する。
「では、御免」
ドスッ。一斉に当身をくらわせ、瞬く間に門番たちの意識を奪った。
「ゆくぞっ」
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覆面の男・弾正は、城主・横幕帯刀信兼に接待され
主郭内の館にて酒を酌み交わしていた。
横幕は本願寺教団の組織構成が気になるようで、
自分が長嶋に行けば、どのような厚遇が施される事になるか、
他に自分と競合するような内通者がいるのかを盛んに聞き及んでいた。
弾正はそれについては判っていても機密ゆえ教える事はできぬと断りながらも、内心は
欲得まみれの横幕の軽さに辟易としていた。
「うん、横幕殿、何か外が騒がしくないですか?」
主郭の館の裏手で、人が喧嘩している声が聞こえる。
「おい、誰かいるか? うるさいぞ、様子をみてまいれ」と横幕が近くに控えているはずの
傍衆に声をかけるが反応がない。
騒動が近くなってきた。
横幕、弾正の二人も酒どころではないと部屋を出た。
「誰だお前たちは」と、はっきりと侵入者を問いただす声が聞こえる。
「何事っ?」異変を感じた弾正は、外していた面隠しを口にあてがう。
そこへ、廊下を走って紫直垂の四人組が乱入してきた。
「むむっ」
「また会ったな、覆面の!」
「お前たちは、あの時の」
「お主らの悪事、しかと見届けたぞ!」
兄弟の手引きで脱出した桜が黒装束に着替えて庭先に舞い降りる。
「是をみよ!」横幕が室内に置いていた書状をもって駆けつけてきたのだ。
「我、起請文をいつのまに」
「なにぃ、横幕。書状を奪われるとは何たる不心得者」と怒る弾正。
あわてて弾正に言い訳しようとする横幕を制し、
「お主の失態、起請文を取り返さねば拭えぬぞ。私は去る」
宣言するや、弾正は足早に闇の中に消え去っていった。恐ろしいほどの逃げ足の速さだ。
「くっ」と歯噛みする横幕。
残された横幕は、相手が何者であろうと起請文を取り返すと決意を固める。
「者ども、であえであえ~」城内に詰めていた配下の者も主の声の下にあわてて集まってきた。
勘九郎(奇妙丸)が侍衆を見渡し、首領の横幕に大音声で呼ばわった。
「初代将軍・足利尊氏様曰く、天下を司るものは天下の人を養うもの也。庶民を苦しめる暴虐、捨て置けん!」
「えい、いわせておけば、者ども、斬れ斬れ、斬り捨ててしまえ!」と怒る横幕。
血気に逸った者が斬りかかってくる。
それを俵三郎(鶴千代)がいなし、平八が中庭に蹴り飛ばす。
「十連針兼定、斬る」
「相州正宗、参る!」
「国友銃槍、打ち貫くぜ!」
次々と迫りくる侍衆を的確に捌く。武道の腕前は四人優劣つけがたい。
一筋縄でゆかぬとみて、小野城方の守備兵はとり囲むように引く。両者の間合いが開いた。
頃合いよしとみて、平八が大音声にのたまう。
「しずまれ!しずまれぃ! えーい者ども。この方の宝刀を存ぜぬか」と勘九郎(奇妙丸)を指さす。
勘九郎は片手に太刀を天にむかって突き上げる。
「伝家の宝刀・相州貞宗である!」




