169部:徳川三河守家康
「なに?! 家康?!」
土俵中央の奇妙丸を囲んで集まろうとしていた当主達が、騎馬の方へと振り返る。
「はっはっはっは、盛り上がっておりますな」
徳川三河守家康が、奇妙丸に馬上から呼びかける。
旅装姿に、籠手・脛当てを付けただけの簡単な武装をした色黒い武将だ。顎には髭を少しだけ蓄えている。
信康は慌てて立ち上がる。
チラリと信康を一瞥しただけで、再び土俵の上を見る家康。
家康が信康を見る目が冷たい。今までに味わったことのない屈辱を覚える二郎三郎信康。
奇妙丸の周りの面々を見渡す家康。
「はっはっは、皆の衆、顔を揃えておるなあ」
境内では岡崎に奉公している侍達が、家康の来訪を民衆に伝える。
「ご領主様だー」
「控えよ、控えよー!」と各所で声が起きて、観衆達がにわかに静かになり、地面に伏して控える。
伴ノ一郎左衛門が、奇妙丸の傍に駆けつける。
「若様!どうやら三河守の連れて来た浜松勢に囲まれつつあるようです」
「なんと?!」
自分を人質にとるつもりか、こうなることを想定していなかったので油断していたと、反省する奇妙丸。同時に、これからどう対応するか考えを巡らせる。
奇妙丸が、五徳姫の方へ振り返る。
五徳姫の居る陣幕内には、於八達と伴ノ衆が駆け付け、身辺を守っている。
奇妙丸の傍で、伴の報告を一緒に聞いていた豪族たちは、怒りの表情に顔色が変わっていた。
「家康、余計な事はするなよ!」大給松平親乗が家康を一喝する。
気の早い水野忠重は刀の鍔に親指をかけている。
「我ら、今回は織田奇妙丸殿をお守りいたす」本多豊後入道広孝が数歩前に進みでて家康に向かって宣言する。
内藤入道清長、鳥居伊賀入道忠吉、大河内金兵衛秀綱も、家康を睨みつけて顔付きが真剣になっている。
「はっはっは。私は奇妙丸殿が来られていると聞いて、浜松から急いでご挨拶に来たまでじゃ」
「この兵士共はなんとしたことじゃ?」
鵜殿長信が裏返った声で家康に抗議する。
「要人が揃っておるので、警護の為に配置したまでのこと、」
フッと鼻で笑って家康が答える。
次々と、波紋が広がってゆくように、八幡神社を囲む民衆が伏していくので、周囲の見晴らしが良くなる。
土俵の上から周囲を見渡してみると、旗印を立ててはいないが浜松軍とみられる旅装姿の武士団が、神社の四方を取り囲みつつある。
「あっ、あれは何だ?」
遠目の利く、於八の声を聴いて、奇妙丸以下全員が於八の指さす方向を見る。
浜松軍の囲みの外から、浜松衆とは違い、完全武装をした織田家の旗印「永楽銭」の旗を立てた一行がやって来ている。その人数500ばかり。
織田家の旗印の前に、浜松軍は潮が引く様に道を開ける。
「のけ~!のけい!道を開けろ!」
先頭を行く黒い鎧の武者の声を聴いて、
急いで道をあける民衆たち。
更に速度を上げて、
20騎の騎馬の一団が境内の中まで駆けつけてきた。
黒い鎧武者の横に、対となるような白い鎧の武者がいる。
「奇妙丸様!」
白色の鎧を着た先頭の体格の良い武者が、兜と面当てを取り外す。
「おお、楽呂左衛門!」
にこやかに応える奇妙丸だが、周りの者達は騎馬武者の異相に驚愕する。
「南蛮人だ!」
「南蛮人の武将がいるぞ!!」
三河衆達は、初めて間近に見る南蛮武将に大騒ぎになった。
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設定集に鳥居家を追加しました。




