166部:決勝
決勝の準備が整った。
最後まで残った豪傑二人のうちのひとりは、
「東ぃ―、岡崎二郎三郎信康―!」
行司の声とともに、観衆の大きな歓声が巻き起こる。
岡崎信康が、階段を登って土俵入りする。
観衆の声援が止むまで少し間をおいてから、もう一人の勝者を行事が呼ぶ。
「西ぃ―!森―、於勝法師―!」
森於勝が、はだけた両胸を掌でバシバシ叩きながら登場する。
「お・か・つ! お・か・つ!」
今までの熱い戦いから、於勝の人気は赤丸急上昇中だ。
両者が土俵の中央で、歓声を送る観衆に向けて大きく手を振り応える。
その辺りは、奉納相撲という縁起物なので、真剣勝負の中にもゆとりがある。
「両者、見合って、見合ってー!」
両者が土俵中央に立ち、向かい合う。
二人ともに同じ背丈で、大人にも負けぬほどの良い体躯をしている。信康は自分ではかなり追いこんで鍛えた体のつもりだが、於勝も負けぬほどに鍛えこんでいる。
そして、於勝のほうが自分よりも日に焼けて浅黒くなっているところが気に食わない。
「八卦良し、のこったー!」
行司の掛け声とともに、両者がぶつかりあう。
信康の顔面と、於勝の顔面がぶつかり、信康は鼻血を流し、於勝は額が割れている。
「信康様っー!」
「於勝!」
がしっと組み合ってからは、両者力が五分五分の様子で攻めあぐねる。
二人とも、顔面から下が血だらけとなりながらの組合だ。
土俵には二人の血がぽたぽたと落ちている。
「ペッ!」
血の混じった唾を吐く信康。
「残ったー、のこったー」
行事が、再び対決を即す。
「ええい!」
「いやあ!!」
両者、ほぼ同じ時に技を掛け合い、
片足立ちとなって、頭から同時に地面に転落する。
「「ああっ!!!」」
誰もがどちらが先に倒れたか見極めようと地面ギリギリを凝視した。
「勝負あったー」
於勝の掌が先に地面についていた。
「東ぃー!」
「信康様の勝利だ!」
歓声をあげる岡崎八人衆。
「惜しいー!」
於勝を応援していた小相撲の勝者たち。
於勝の反射神経の良さが、結果的に災いした。地面激突の軽減の為に、受け身をとってしまった。
安祥八幡神社奉納相撲の頂点にたどり着いたのは、
「優勝―!二郎三郎信康殿―!!」
ここまでくれば、日頃の思いも関係なく、最後まで勝ち残った勇士を心から称えるのみである。
皆、思い思いに祝福を浴びせる。座布団や手ぬぐい、おひねりまでが土俵に向かって投げ込まれた。
「優勝おめでとう御座います!」
小瀬清長が目録をもって土俵に上がる。
奇妙丸の横に居た、織田信成も目録を手渡し表彰するために土俵へと向かう。入れ違いに負けた於勝がサバサバとした表情で額を抑えながら土俵を降りる。
「良くやった」とすれ違いざま清長が於勝の肩を叩く。
休憩所では、桜や於八が、於勝のケガの手当てをしようと、準備して待ち構えている。
褒美の賞品は、清長が厳選した茶道具や刀剣、津島・熱田の名産品が含まれている。
「まって下されい! 褒賞の品物は受け取らぬ」
信康の受賞拒否に驚く清長。
「どうしたのだ、信康殿?」
信成が不信に思い信康に問うた。
「優勝の褒美は! 私の望みは!ここにいる鵜殿長信殿、もしくは、織田奇妙丸殿に相撲の試合を申し込みたい!」
両名門を衆目の前で負かせ、「自分が一番である」ことをここで五徳姫に見せつけたいと思う信康だ。
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