164部:準々決勝
大相撲の準々決勝戦が始まった。
第一戦は、桜井松平与一郎忠正(1543生まれ)、その対戦相手は因縁のある同族の大給松平源次郎真乗(1553年生まれ)だ。
「弟の分も、俺が頑張らねば!」忠正が自らの両頬を掌で叩いて気合を入れた。
対する真乗は、十歳年長の相手に対しても臆することなく堂々としている。
「落ち目の桜井松平、恐れるに足りず!」
父・親乗が観覧席から大きな声でやじを飛ばしている。
松平家同士の対決に会場も注目する。
第二戦は奇妙丸の傍衆・森於勝に対して、元吉良家臣の神藤左衛門忠政(1556年生まれ)が出場する
「一つ文字苗字は、親近感が湧くなあ」と、いつもの恍けた調子の於勝。
まったく緊張している様子はないので、奇妙丸も安心してみている。
それに対して、神忠政の方はすでに全身が赤身を帯びて、戦いの前に興奮状態にある。
於勝を見据える目は吊り上がり、明らかに目の前の敵を薙ぎ倒すという気合に満ちている。
神は、伴(富永)ノ五郎なきあと吉良一族を背負って立つ最後の希望と呼ばれている。
第三戦は奇妙丸の乳兄弟・梶原於八と対するは大河内金兵衛秀綱(1546年生まれ)。
斯波家の同盟者として遠江国を席捲した大河内氏の後裔だ。大河内氏を擁護することは、遠江の侵攻には大義名分の役割を果たす。信長からも貴種として、格別の待遇を得ているが、同じ立場の徳川家康からは危険視されている。
今まさに鵜殿長信も、今川氏真の追放によって、今川対鵜殿今川としてのその役割を終えて、三河国の中では微妙な立場にある。
かつての名門のプライドから頭を下げることができなかった、斯波氏惣領家、斯波氏の一門・尾張石橋氏、吉良惣領家は次々と新しい時代の荒波に飲み込まれていった。
大河内と鵜殿氏も、次の時代に家名を繋ぐために、存続の道を模索していたのだった。
「どれ、ここは若殿様の家中の実力を計らせてもらうとするか」
ニヤリと笑って大河内秀綱は於八と対陣する。
第四戦は岡崎二郎三郎信康に対し、矢作川沿いの豪族・鳥居家の四男坊・四郎忠広。
忠広は、三河一揆では家康と敵対し、敗戦により一時は三河を出奔していた。
「反骨精神の塊」ともいえる忠広に、三河武士の強さがにじみ出ている様である。
一揆に参加したことにより辛苦を味わった豪族たちは忠広を応援している。
対戦相手が信康といえども、忠広は手を抜くことはないだろうと誰もが思っている。
土俵中央で睨み合う両者。
「三河から逃げ出した腰抜けか」と信康が吐き捨てるように言い放った。
みるみる忠広の顔面が紅潮する。
「腰抜けではない!」
次々と、大物対決の決着がついて安祥八幡宮の境内が熱狂に包まれた。
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