160部:決勝戦
設定集も別の処に立ち上げましたので、良ければご照覧してください。
いよいよ決勝戦。
高橋虎松の対戦相手は、三宅与平次(のち秀満*:1559年生まれ)という。伊保三宅氏の三宅弥平次の息子だ。三宅氏は矢作川の上流、山間部に本拠を持ち、松平一族とは長きに渡り争っていた。
与平次が、並み居る松平の強者達を押しのけて決勝に躍り出たことは誰もが予想外だった。
山並みの中で育った為か浅黒い肌をして、子供にしては身体が引き締まり、虎松とは似たような体格をしている。
与平次が虎松を無視して、奇妙丸に向かい大音声に叫ぶ。
「奇妙丸様! 優勝したら奇妙丸様の乗馬を下さいませ!」
思わぬ要求に唖然とする観衆と、「無礼な!」と頭に血がのぼる信成。
隣の信成を手で制して、立ち上がる奇妙丸。
「はっはっは。大胆な事を言うな。あれは私の愛馬。残念だが賞品にすることはできぬ」
「あれは名馬です。私もあのような馬に乗って戦場で手柄を立てたい」
与平次が馬に拘るのは、三宅の姓の通り、屯倉を預かる古代支族として、先祖代々、馬を育成してきた家に生まれたからだった。物資の輸送に大きな役割を果たす馬は、山間部では何よりも価値が高い。
与平次には、奥三河の牧に名馬の新しい血をなんとしても迎えたいという思いがある。
「馬の良さが解るのか。お主が我が戦場で軍功を揚げれば、考えても良い」
「その言葉!お忘れなく!」
約束の指切の形にして右手を天に掲げる与平次。
そこへ虎松が、与平次の手をはたいて無言で眼前に立つ。
(俺に勝ってから言え!)と厳しい目で睨みつける。
行司が二人の一触即発な雰囲気に割って入る。決着は相撲でつけろと言わんばかりだ。
「両者、見合って!」
「あの馬は頂いた」
与平次が呟いている。
「こいつ」
目の前の自分ではなく、馬に拘る与平次に更にイラッとする虎松。
「八卦良―い、 残ったー!!」
「「うぉおおおおお!」」
両者の気合の絶叫で始まった取り組みは、激しい押し合いとともに、土俵中央からの一進一退が繰り返される。
(こやつ)
虎松の張り手の一撃に、今までにない痛みを覚える与平次。
「流石に最後まで残った男だ」
与平次の巧みな防御に、最大の武器を受け流されていると感じる虎松。
与平次が虎松の疲れを見て懐に入り込む。
二人が、がしりと組み合って、上がった息を整える。
「残った!」
二人とも、予想以上に体力を消耗していて、思うように体が動かない。
「残った!」
行司の声に押され、与平次が低い姿勢で猛烈に虎松を押す。
「うまぁあああああああ!」
与平次が虎松を追い込め、外掛けに虎松の足に足を絡ませる。そしてそのまま虎松に体重をかけて圧し掛かる。
虎松が限界まで仰け反る。
虎松は相手の背に回し腰ひもをつかんでいる手に、最後の力を振り絞り、渾身の投げに打って出る。
二人とも土俵外に反り返る形で天を仰ぐ。
ドサッ!!
「「おおおお!」」
観客たちには二人同時に場外に倒れたように見えた。
「勝ったのは、どっちだ?」
全員が固唾をのむ。
一呼吸置いて、行司が軍配を掲げた。
「虎松――!」
宙に浮いて倒れこむ前に、投げられた与平次の踵が、俵の外に跳び出していたことを、行司はしっかりと視ていたのだった。
観客の大歓声が炸裂する。
「「わぁああああ!!」」
虎松が両手を上げて歓声に応える。
与平次は手で地面を叩いて悔しがっている。
「あの子が、やりましたよ」と此処にはいない政信に呟く於政。
井伊万千代と、桜井松平与次郎が、虎松の処にやって来た。
「やったな!」
「優勝おめでとう!」
二人が虎松の健闘を讃える。
「ありがとう!」
二人と握手する虎松。
万千代が虎松にお願いがあるという。
「私も、虎松を名乗ってよいか?」
「いいとも!」
「三河と遠江の虎松だな」と与次郎が二人の肩を叩く。
奇妙丸は、虎松が優勝したことを高橋政信に伝えるようにと、隣の一郎左衛門に頼んで、伴ノ衆のひとりを使いに走らせた。
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*三宅与平次について
明智光春、明智秀満の別人説に則りました。
光春は土岐明智氏で、明智光安の息子の左馬助光春とします。
三宅弥平次(秀俊)は明智光秀の娘婿で、明智姓を与えられた人物とし、その息子として、
三宅与平次(秀満)をこの小説では取り上げて行きたいと思います。
(謹言)




