159部:小相撲
大相撲の予選が終了し、次に小相撲の本戦が開催される。
大人の部は、奉納相撲とはいえ一族の尊厳をかけて本気の戦いが繰り広げられ、大いに盛り上がりをみせた。観客は今も興奮状態だ。
大相撲予選を勝ち抜いた於勝と於八が、虎松の居る休憩所に戻って来た。
「いよいよ虎松の出番だな」
虎松の傍には町人娘姿の桜が、駆け付けた政信夫人の於政とともに居た。
「二人とも流石ですね」
桜が珍しく予選を勝ち抜いた二人を褒めた。
いつもは冷静な桜ではあるが、男たちの熱い戦いに流石に気持ちが昂ぶっているのだろう。
「大相撲頑張って下さいね」
於政も、今は虎松の為に稽古を付けてくれた二人の善戦を願っている。
二人は前日に虎松に技を教える為に、二人で百戦以上戦かう姿を見せてから、虎松の相手をしたのだ。虎松以上に消耗しているであろうが、こうして予選を勝ち抜き、その体力は尋常ではない。
「虎松!頑張れよ」
二人が虎松の肩を軽く叩き、両者の勝ち運を繋げる。
「はいっ!」
威勢よく返事して、笑顔で虎松は土俵に向かう。
奇妙丸の護衛には、伴ノ一郎左が珍しく直垂姿で奇妙丸の陣幕に待機していた。
「一郎左衛門も出場したいのではないか?」
奇妙丸が後ろを振り返り、一郎左の意見を聞いてみる。
「内輪なら良いのですが、我々は目立つような事は・・・」
「そうだな。戻ったら城内の者だけでやってみよう」
一郎左もきっと相撲をやりたいのだと認識する奇妙丸。
「警護の為に悪いな」
「大事なお二人を護衛できるのですから栄誉な事です」
「ありがとう」と五徳姫が微笑む。
一郎左がニコリと笑う。
忍者なら日頃の鍛錬もあり、予想外の相撲を取って見せてくれるのではないか?と奇妙丸が期待する。
奇妙丸は、頭の中で対忍者の相撲の取り組み方を想像していた。
小相撲の準々決勝が始まった。
高橋虎松の対決相手は井伊万千代(のち直政:1561年生まれ)という少年だ。
腕試しということで遠江国からやって来たらしい。
「よし、こいっ!」
「勝負!」
開始と同時に物凄い勢いで虎松が押しに押しまくったが、万千代は軽々と上体をかわし、土俵狭しと動き回る。本戦に出場しただけあり流石に一筋縄ではいかない。
しかし、ついに土俵際に追い込んだ虎松が、万千代の右腕裏に手を回しこんで捉え、万千代の右胸元に頭を押し込んだ姿勢になる。
万千代は右手が使えない。
なんとか俵に足をかけて踏ん張ろうとするが、最終的には虎松の強力な押しにより土俵外に押し出された。
「いやぁ、参った。お前強いな」
と万千代が息を切らせながら虎松を讃える。
「いい粘りだった」と虎松も万千代の健闘を讃えた。
(そういえば、高橋に井伊は共に、斯波武衛(斯波義達)様に従い今川家と戦っていたのだったな)
奇妙丸は二人の姿に不思議な宿縁を感じた。
準決勝が始まる。
虎松の対戦相手は桜井松平与次郎(忠吉:1559)、桜井松平の次男坊だ。
「母者(叔母)の為に絶対に勝つ!」と激しく虎松を睨みつける。
与次郎は母の汚名をすすぐべく、この奉納相撲を必死の気合で勝ち抜いてきた。
「俺は父の為に勝つ!」
虎松も負けじと与次郎を睨みつける。気持ちで負ける訳にはいかない。
「お前の父は何者だ!」
「元・赤羽根城主、高橋弾正少弼政信!」
「なに!?」
与次郎の驚き以上に、会場に居る歴々達がざわつき動揺を隠せないでいる。
零落した高橋家に跡取りが居り、しかも織田家嫡男・奇妙丸の一行に加わっているのだ。嫌でも虎松に注目が集まった。
赤羽根城を攻略した酒井一族の動揺は隠しきれない。織田家の下で高橋家再興ともなれば今の領地が削減される事を覚悟しなければならない。
「両者見合って!」行司が試合を即す。
「勝負!」
ガシィ!!と気合充分な両者のぶつかり合い。
互いに上体を起こし合って、相手の力を流しにかかる。
虎松の突っ張りが与次郎の肩に入り、与次郎が横向きの体勢になった。
「ふん!」
虎松はここぞとばかりに、姿勢を低くして上体の起きた与次郎の左腰元に頭から突撃する。
「くっ」
と与次郎は歯を喰いしばり虎松の突撃に耐える。
桜は、桜井松平の与次郎と虎松の双方を応援し、知らず知らず両拳を握りしめる。
体勢の悪さに反撃の決め手がなく、やがて諦めた表情へと代わり、土俵外に力なく押し出された。
「虎松勝利―!」
行司の声が、観客の完成にかき消されそうな程だ。
「母者、すまぬ」涙ぐむ与次郎。
虎松は声をかけられなかった。
「虎松、俺の為にも決勝も勝ってくれ」
腕で涙をぬぐいながら与次郎が虎松に歩み寄る。
「ああ、任せておけ」
虎松が力強く答えた。
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