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15部:女忍者、桜

夕方の大垣城下町、於台屋の店先。

俵八郎、森勝蔵の二人も街中で勘九郎達にばったり出会って途中から合流していた。

「お侍様、今日はどこかにお泊りの予定はございますか」と店主が尋ねる。

「いや、これから探すところだ」

「では、今日お会いしたのも何かの縁、どうぞ夕餉を召しあがって、我が家にお泊りになって下さい」

「良いのか」

「はい、津島神にお仕えなさる方なら我が家に良い縁を運んでくださるかもしれませんし。おい、お千代」

店の奥から娘がおそるおそる顔をみせた。

「お侍様たち一行を、裏にご案内しておくれ」

「わかりました」四人組が乱暴者ではなさそうなので、娘・お千代は一安心したようだ。


*****


馬を厩舎に繋ぎ、庭先に通された。

店主の娘・お千代は、彫りが深く二重のはっきりとした目鼻立ちで、何代か先に蝦夷の民の地が入っているのかもしれないと思える美人である。やや小柄ながら健康的な容姿だ。

勘九郎は実母が尾張丹羽郡生駒屋の商人の娘なのだが、小牧、岐阜の城内育ち故に商人の娘とは会話したことがなかったので、その立居振舞は新鮮だった。

亡き実母もこのような女性だったのだろうかと目で追ってしまう。


「勘九郎様、ひとめぼれされたのですか?」となにやら落ち着かない様子に気づいた男平八が聞いた。

それを小耳にはさんで勘九郎の役に立とうと思い変に張り切りはじめた森勝蔵。

「これからお部屋にご案内いたします」

と案内しようとするお千代に、いきなり聞き取り調査に入った。

「失礼ですが、お千代さんはお何歳ですか?」

突然の質問に驚くお千代だが気を取り直して答える。

「15歳になります」

「我らより年上だった」と驚いた勘九郎。


「お侍様たちのお名前は?」と、とりあえず客人の名前を覚えようと思い問い返すお千代。

「そうだった自己紹介がまだでしたね」と男平八。


奇妙丸が背筋を伸ばし、胸をはって進み出る。

「私は尾張津島社家の九男坊、津田勘九郎信重と申す。14歳だ」と年齢も答える。

「拙者は、森勝蔵と申す。13歳(11歳が正解)で御座る」勝蔵が、いきなり年齢設定に下駄をはかせたので、於勝以外の三人は笑いを堪えている。

「拙者は、俵三郎。13歳」

「拙者は、男平八。14歳に御座いまする」


「皆様私より年下だったのですね」四人とも体格が良いので年上と考えていたお千代は、逆にお姉さんのような気分になって安心した。

「皆、腕っぷしはつよいので、何でも相談してください」

「そうなのですかお侍様、じゃあ困った時にはどうか私たち家族にお力をお貸し下さい」

年上の美人にお侍様と呼ばれ、認められた気がして嬉しくなる一同。

「わかりました。では、お世話になります。お千代さん」


******


それから、大広間にて皆で膳を並べ夕餉ゆうげを頂きながら、

店主から美濃大垣に来てからの紆余曲折を聞いた。

「いよいよ娘を捧げなくてはならぬとは、口惜しいです」店主が最後に気持ちを吐き出す。

「店主、実は、我ら織田家嫡男・奇妙丸様の〈紫直垂〉の者なのです」

「な、なんと」

「明日の件、我らに任せてもらえないでしょうか、決して悪いようにはしませぬ」

年若い者達といえ、藁にでもすがりたい気分だったので、味方の申し出が有難い。

「はい、もう、なんなりと」と笑顔を取り戻した店主だった。


膳を下げて、半刻ほど置いてから、お千代が広間に入ってきた。

風呂が沸いたので、風呂へと案内してくれるという。

「お千代さん、少し明日の事をお話しませんか」

「はい、でも、私は覚悟を決めております」

「大丈夫ですよ、お千代さん」と悲壮な表情のお千代を励ます勝蔵。



「伴、いるか!?」

突然、天上に向かって声をかける勘九郎。

天井裏から板をずらして隠密・伴ノ衆が次々と逆さまに頭を出して現れた。


千代は驚いて、思わず声をあげそうになった。

「ご苦労だな」

(こいつら、本当に陰にひそんでいるんだな・・・)

甲賀衆とは領地も近く付き合いもある鶴千代だが、伴兄弟の登場の仕方にはドン引きだ。

「いえ、我君」と黒装束・覆面姿の伴一郎が渋い声で答える。

「一郎、小野城に潜入できるか?」

「おやすい御用です」と渋い声での即答。

伴ノ衆には城も屋敷も難易度は関係ないようだ。


「それから明日、お千代さんや、既に捕らわれているという娘達を城から救いだしたいのだが」

「とりあえず、お千代さんの代わりに、我が妹を身代りにして潜り込ませましょう」

「妹?」

しゅばっと風を切り黒い忍者装束をした娘が飛び降りてきた。


「伴十左衛門が娘、桜に御座いまする。お見知りおきを」

冬姫よりもやや小柄でしなやかな痩せ型。お千代と身長は変わらないようだ。

「変装はできるか?」

「おまかせ下さい」

「では、覆面を取ってくれないか」

「これは、失礼しました」覆面越しに少し顔が赤らんだ。

頬当てをはずし口元が現れる。そして鉄製の装甲の仕込まれた頭巾をとる。年のころは冬姫と同じくらいのようだ。顎は細く鼻筋は通っている。二重瞼の大きな瞳が特徴的だ。

冷めた表情をしているが、氷のように美しくもある。


「一郎、妹を危険な目にあわせるんじゃないか?」

鶴千代が女子を心配する。

「我ら兄弟を拾って頂いた御恩は我一族子々孫々まで忘れませぬ。桜も同じ気持ち」

兄の言葉に大きくうなずく桜。

「そうか、わかった」


「では、すまないが、お千代さんに変装してくれ、城までゆくぞ」

改めて奇妙丸が命じる。

「承知いたしました」桜がこくりと頷く。


「お千代さん、今日は桜にお店の事や、商人言葉を教えてあげてくれないか」

「わかりました。ありがとうね桜ちゃん」

「いえ、任務ですから」

「ついでにお千代さんの部屋に桜も泊めてやってくれないだろうか」

「そのようなことまでお気遣いなく、私は隠密ですから」と慌てる桜。

「気にしないで、私はぜんぜんいいのよ桜ちゃん、むしろ歓迎」

「かたじけない」

自分よりも幼げな桜が、武士のような言葉で話すので、お千代はおかしかった。


「そうだ桜ちゃん、あとでお風呂一緒に入りましょう」

「任務ですか?」

「任務よ、背中流してあげるね」

「はい」

「では勘九郎様、我らは小野城周辺をあらかじめ調べてまいりまする」

「うむ、よしなに頼む」


*****

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