147部:城
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「政信殿! 大丈夫か!」
服部弥右衛門尉政友が、政信を抱きかかえて呼びかける。
政信の背中には弓矢が5・6本刺さったままだ。これは当たり所が悪いと致命傷になる。
「虎松達をお頼みします」
「なにを弱気なことを。傷は浅いですぞ!」
本人が気力を失うことが一番まずいと、政友はとにかく励ます。
政信に町の中まで案内してもらった事を後悔する奇妙丸。
政信配下の者達は町外で、念のため待機している。彼らには町へ踏み込まぬ様に連絡しなければなるまい。
「その者は、手配書にある山賊の首領にそっくりなのです!」
巡回兵が、奇妙丸の仲間とされた政信に疑いの気持ちを払拭できないでいる。
「今、城主を呼んでまいりますので、ここでお待ちいただきたい!」
巡回兵の隊長・土肥助次郎が慌てて本丸に駆けて行った。
桜は政信の手当てをしているが、政友ともに返り血で真っ赤だ。
「誰か、政信を医者に。誰か案内してくれ、至急だ!」
巡回兵達が政信を戸板に乗せ、医者へと運び出す。
「伴、いるか?」
「はっ」
「高橋の部下に引き上げるように伝えてくれ」
「はっ!」
織田市郎信成が、騎馬に乗ってやって来た。
城下の騒ぎを聞きつけて、出てきたところを土肥と合流したのだった。
「これは、本当に奇妙丸様だ、小木江以来ですね」
「うむ。あの時は留守居をご苦労だった」
「今日は、そのようなお姿で如何されたのです?」
「内々で、三河の様子を見に来たのだが、そうはいかなくなった」
「助次郎が何か粗相を?」
「いや、助次郎殿が優秀すぎたのだ」
助次郎は皮肉を言われているようで苦い顔だ。
「では、若、これからどうなさいますか?」
「負傷者の見舞いをして、城に参る」
「分りました。お迎えの準備をしておきます。助次郎、若様の護衛を頼む。粗相のないようにな」
「はっ」
「助次郎、すまぬな、あれは高橋政信殿。一時は山賊まがいの事をして暮らしを繋いでいたのだが、今は改心して私に忠誠を誓ってくれたのだ」
「若が謝罪しないでください。運が悪うございました」
町医者の屋敷前まで行ったが、現在手術中ということで、外で無事を祈り。政信に後を任せ引き返す奇妙丸一行。
複雑な心中のまま安祥城に入城する。
城門では、城主の織田市郎信成と股肱の臣・小瀬清長、若き二人を支える織田信光の旧臣・守山衆を中心とした家臣団が出迎えた。
桜井松平の郎人衆達も、安祥衆として新たに編成され控えている。
「織田家嫡男、織田奇妙丸だ。皆、出迎えご苦労!」
「よくぞお越しくださいました若様!」
一斉に片膝をついてお辞儀する家臣団。
織田信成は良く家臣団を統制している。流石、信光公の血筋だと感心する奇妙丸。
小瀬清長が、奇妙丸の傍衆の列にそっと並んだ。
「桜殿でしたかな?」
「はい」
「そなたの姿に、皆驚いているようだ、風呂を用意してあるので、自由に使って下され」
奇妙丸を見る桜。桜の衣服は、政信の血で黒や赤に染まっている。
奇妙丸はうんと頷く。
「では、頂きます。ありがとうございます」
桜は入り口に控える奥女中衆に案内され、先に本丸館に入って行った。
「若様は、まず物見楼閣の方へご案内致します」
信成が先頭に立ち、奇妙丸一行を本丸に案内する。
安祥城城下では、先程の騒動が既に知れ渡った。
奇妙丸が安祥城に居る事は、各大名が城下に潜入させている忍びにより把握されている。
奇妙丸の動向について、東海道の各地の諸豪に、忍びからの伝令が発せられていた。




