146部:安祥
池鯉鮒の森、高橋の根城で休息をとったのち、奇妙丸の一行は高橋政信の案内で、矢作川の右岸にある安祥城の城下に到着した。
かつて信長の兄・織田前三河守信広が拠点とした、織田家の三河支配の本拠地だ。
三河進出を目指す尾張の武士達で賑わい、津島・熱田の商人たちも大挙しておしかけて、未曽有の建築景気が起きたという。しかし、織田信広は今川義元の軍師・太原雪斎軍団の猛攻の前に捕虜となり、安祥の城は今川家の抑える処となった。
信広は織田家に人質として保護されていた松平竹千代(のちの家康)と、交換され尾張に戻ったのである。
その後、信広は斎藤義龍と結んで、弟の信長に対して謀反を起こしたが、尾張国内では敗軍の将・信広に従うものは少なく、己の器を思い知った信広は織田家惣領に返り咲くことを諦め、降伏している。
信広本人は出家隠遁を望んだが、信長は兄を赦し、信長代役として武将を続けることを望み、将軍との交渉相手や、敵対国との和睦交渉などを任せ、外交的な部分で活躍し、現在は再び信頼を得て、犬山城を預けられている。
信広の娘は、信長の一ノ寵臣・丹羽五郎左衛門長秀の室となり、信長は丹羽長秀を「弟」と呼んでいる。
その影響で信広の安祥衆の旧臣達は、自然と丹羽家に集まってきていたのだ。
そして、現在の安祥城は、信長の叔父・信光の息子である市郎信成が城主を勤めていた。街道の要所である知立城には、信成の弟・四郎三郎信昌が入っている。
市郎信成の母は、かつて松平清康と対立していた桜井松平信定の外孫にあたる。
清康の死後、広忠が義元の援助で岡崎城主に復活するまでは、安祥城は桜井松平信定が惣領として君臨していた。
その後は、岡崎松平広忠を傀儡とする今川家の支配に対して、桜井松平信定一族や、その婿・織田信光、大給松平親乗、上野城主・酒井忠尚、小川城主・石川康正が、吉良家の助勢を得て安祥を手に入れるべく戦ったという。
安祥城下に入る一行。武装した兵団が城下を巡回している。
(おそろしく物々しいな。織田市郎信成殿は流石に境目の城を任された武将。常時、臨戦態勢のようだ)
巡回兵が、高橋衆に気付き近寄ってくる。
「お主達は、何処から来た?」
「お主の人相、どこかで見たな」
「手配書にある、政信ではないのか?」
立て続けに、身元を尋問してくる巡回兵。
(これでは、奇妙丸様達に迷惑がかかる)
突然、巡回兵を振り切って来た道を戻るように逃げ出した政信。
「御用だ!」
「待て!」
高橋政信を追って、巡回兵達も走り出す。
あたりが騒然とし始めた。
慌てて奇妙丸も追いかける。
政信の走った先に、親子連れの町人が居る。
(しまった!、巻き込むわけにはいかん)
「止まれ!逃がすわけにいかぬ。構わぬ射よ!」
「撃て、撃て」
弓兵達が矢を放つ。
「ぐうっ」
無数に道路に突き立つ矢。
「待て、待て、まてー」
奇妙丸達が駆け付けた。
「なんだ、お前たちは!」
兵士が尋問する。猛った者たちは今にも斬りかかりそうな勢いだ。
「そのほう達は、仲間か?」
「そうだ!」
躊躇いなく奇妙丸が答える。
「なに?!」
「こいつらも盗賊団だ!」
弓を携帯する兵士たちは、矢先を奇妙丸達に向ける。
「違う!盗賊ではない!」
「なに?」
「私は、織田弾正忠信長の嫡男、清州城城代の織田奇妙丸だ!」
「私は、奇妙丸様の乳兄弟・梶原八郎!」
「俺は、森三左衛門可成の次男・森勝法師!」
「何故、若が此処に居る? 証拠はあるのか?」
兵士の問いに、奇妙丸が腰の物を天に高く掲げる。
「証拠はこれだ!相州正宗」
「同じく、国友銃槍」
「同じく、十連針兼定!」
続けて於八が啖呵を切る
「奇妙丸様の御前である!その方達、頭が高い!!」




