145部:星
一行は政信の案内で、高橋の根城のある池鯉鮒の森に入った。
出会ったばかりの高橋政信を、奇妙丸は骨のある武士と見込んで信用している。傍衆達は、高橋衆よりもこちらの人数が上回るので、不意打ちすることはないだろうと一応は安心している。
今はこうして、同じ屋根の下で一緒に休んでいる政信の家族、高橋虎松が人質という意味でも、その存在は大きい。
皆、旅の疲れで早々に眠りについている。
しかし、
奇妙丸は寝付けずに居た。
一日いろいろな事があったと、今日の出来事を回想する。
奇妙丸は目を閉じていたが、先刻、高橋家の盆栽を観たことで、武田松姫の事を思い出していた。
(姫は元気にしているだろうか)
松を贈られてから、盆栽で松姫を思い出す不思議な習慣がついていた。
(今回の旅は、盆栽は持ち歩けないからな・・。松姫のあの笑顔を、またみたいな)
皆を起こさないように、そっと夜具から抜け出す。
(東に向かっているからか、少し距離が近づいた感じがする・・)
窓から星が見える。秋が近いからか空気が澄んでいて、星がいつもより多く見える気がする。
(松姫も夜空をみているかな・・)
右手の平を開いて、自分の手相を月明りの下で見てみる。
(この気持ちは・・、恋しい というものか?)
於八が、奇妙丸が眠りにつけない様子に気が付いて、自分も起き上がる。
「どうかしましたか、若様?」
「すまない、起こしてしまったか?」
「眠れないのですか?」
「少し考え事をしていた」
「散歩でもしますか、お付き合いしますよ」
「そうだな、夜風に当たるのも悪くはない」
二人が周囲の者を起こさぬ様に外に出ると、伴ノ一郎左が槍をかかげて番をしていた。一郎左は木ノ刃丸を気に入った様だ。
「いつも、すまないな一郎左」
「私のやるべき事ですから」
「ありがとう。少し風に当たる」
「はっ」
奇妙丸が反芻する。
(私のやるべき事は、この世に生まれたときに決まっている。しかし・・)
「織田家が天下に武を布く事は、果たして正義なのだろうか?」
於八に、今日感じたことを聞いてみた。
「高橋殿のお話ですか?」
「うむ」
「信長様は天道を進んでおられると思います。
誰かが道筋を造らねば日ノ本はひとつになりません。誰かが移ろいやすき世の流れを堰き止める事で日ノ本の秩序、静謐が生まれるのではないでしょうか。そうすれば高橋様の様な方をお救いできるのでは」
伴ノ一郎もいつのまにか傍に居る。
「日ノ本の民衆の為に、我らの子孫の為に、国を一つにしましょう」
一郎左が自分の思いを告げるのは珍しい。
「そうだな。織田家が日ノ本をひとつに纏めて、新しい国を作ろう」
「新生日本国」
「そうだ、日本国を作ってからは、世界へも静謐を広げようと、呂左衛門と約束したからな」
「明日は、安祥に入りましょう」
「うむ」
「安祥城は、祖父・信秀公が、尾張の武将達をひとつに纏めて、今川家から取り戻した城だな」
「今の東海道の諸豪は大義の下動かず、私利私欲で動き、バラバラになりつつあります」
「新たな大義を示さねばな!」
「「期待しています、若!」」
北極星がひと際輝き、三人を見下ろしていた。
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